銀の魔術師と妖精死譚
2.迷子の子 03「芳史の子狐?」
利はメール画面を開いたまま、携帯をあかりに放った。
「……ああ、ヨミが来てるんだ。んで信太がいない……へー」
それで、探せってこと? とあかりは携帯を閉じた。そのまま放り返してくる。
「で、帰りに探してこいだと」 「探すのはいいけど、入ってきたルートとはぐれた位置がわからないのにこのあたり探しても無意味じゃない?」
「夏葵もつれて来いだと」
「これを?」
「そう、それを」
あかりと利は夏葵を見た。
4限の授業中から爆睡で、さっき起きたと思ったらまた寝た。
本を読んでたら徹夜をしてしまって、眠いらしい。
あかりが嫌な顔をした。
「俺らだけじゃ手回らないだろ」
「分かってる。……けど、伊勢山なのがね」
あかりが言い澱んだ。
「俺は伊勢山がどんなところか知らないけどさ、兄貴がかかわらせて問題なしって考えてるなら大丈夫だと思うけど」
「んー……」
あかりは髪を引っ掻き回した。まだ不満があるようだ。
しばらくして、あかりがため息を吐いた。
「内部だけで争っててもどうにもならないから、外から第3勢力をいれなきゃまずいって言うのが慧兄の言い分だし、確かにその通りなわけで……。んで、あの抹殺至上主義の本家に対抗できるとしたら、刺そうが切ろうが死なない夏葵を選ぶのも間違ってないんだけど……」
表情が苦い。
伊勢山のこととなると、あかりも慧も言い澱む。よほど言いにくいことらしい。
まあ、あかりはな……と利は内心納得した。
「そのことは置いといても、放課後になってこれ、役に立つの?」
「午後も寝てれば使える状態になるんじゃないか?」
「あとでレッドブル買ってくる? 購買にあった」
それがいい、と利は弁当のふたを開けながら頷いた。
「あ、そうだ、慧兄にメールして」
「何て?」
何で俺が、という言葉はとうの昔に消え去った。利は返信画面を呼び出す。
「子鬼の名前はヨミ、子狐の名前は信太って」
メール末尾にあった「名前忘れた」という素朴な追伸に、あかりは答えを返した。
「で、本当に探してきたの?」
「学校からこっち側はね」
「瀬川の方には行ってないんじゃ、ほとんど探してないじゃないか」
あかりは居間にバックを放った。これが邪魔だった。
すでに空は濃い紫に転じている。日没まで時間がない。
「……夏葵君、頼める?」
「手がかりがないと、頼まれても逃げますよ」
「手がかり……ある?」
慧はヨミを振り返る。
慧の背中にしがみついていたヨミはふるふると首を振った。
「何とかならない?」
「ダウンジングで地道に探すくらいしかありません」
「じゃあ夏葵がダウンジング係で、私たちがその指示でひたすら走るっていつものパターンね。夏葵、今すぐダウンジングできる?」
一応、と夏葵は頷いた。そのままごそごそとペンダントを手繰り寄せる。
「あ、ちょ、ちょい待ち」
利がポケットをまさぐった。利の携帯が着信を知らせている。
「もしもしー?」
騒ぎから逃れ、利は廊下に出て行った。
「その……しのだ? 狐だな?」
「そう、信太の狐の信太。人型に耳としっぽ」
ああ、信太の狐から来てるのか、と夏葵は納得した。
「あのさ、その信太の狐、って何?」
聞いたことはあるんだけど、と香葵がそろそろと質問する。
「安倍晴明の母親が狐だったっていう話は知ってるだろ」
「うん」
「晴明の父親が和泉の国の信太の森で狐を助けた。その狐は葛の葉という晴明の母親の正体だ。のちに正体がばれて葛の葉は信太の森に帰る。その時に『恋しくば 尋ね来てみよ和泉なる 信太の森の恨み葛の葉』という歌を残していった――この辺から来てるな」
「あ、なるほど」
「それにあやかってつけたのか、名前」
そんなこと知らないよ、とあかりはせんべいを齧りながら答えた。芳史が何を思って信太と名前を付けたのかは知らない。
あかりが肩をすくめたとき、音を立てて利が居間に入ってきた。
「矢島がお手柄」
「は?」
「信太が見つかった」