銀の魔術師と妖精死譚
2.迷子の子 02それにしても。
慧は掃き掃除を再開しながら一人思考した。
「芳史の奴、どうして急に奴らを寄越したんだ?」
慧は首をひねった。
あの子鬼の主は伊勢芳史という。慧の3つ下、利たちのひとつ上にあたる。
地元伊勢にひっそりと立つ神社の息子だ。
とは言っても、相当な権力を持つ古い神社だ。慧は伊勢神宮と差別するため、伊勢山や伊勢本家と呼びつける小さな社だ。
彼はそこの正当な跡取りで、先の子鬼ともうひとりの子狐を式として連れ歩いている。
その彼らをこうして寄越したとは……。
過去になかったわけではない。だがそれは、慧やあかりが近くに居た時に使い走りにされていた程度だ。
だが今回は訳が違う。伊勢山と平瀬、直線距離で数百キロは離れている。
可能性としては、慧かあかり、あるいは両方の召喚。
秘密裏にことを運びたいか、このふたりを介してしか連絡が取れないか。
「……ありうるな」
ということは、今、伊勢で何かが起こってるのだろう。
きな臭い。
慧は無表情に呟いた。
あそこは組合とはまた違った伏魔殿だ。組合が権謀術数に長けていえるとすれば、伊勢本家は闘争暗殺に長けた血なまぐさい集団。
もともと、伊勢本家は内部闘争が激しい。何か問題が発生して、芳史の身柄が抑えられた可能性もある。内部で呼応できる人間がないのならば――当然外部の協力者が呼びつけられる。
部外者だから、できることなら伊勢本家の争いには介入したくないのだが。
一度深くかかわってしまった以上、そうやって他人事のふりをするのは難しいらしい。
「ついに外まで巻き込んでの権力闘争か」
いつかこうなるような気はしていたが、意外と早かったというべきか。
こういう時こそ組合に調停してもらいたい所だが、伊勢本家は国内屈指の武力派閥のため誰も調停したがらない。
当然だ。口より先に手足が、それも武器や防具でがちがちに固めた手足が出るのだから。
唯一の救いは、伊勢本家がいまだに銃火器を取り入れてないことくらいか。
取り入れたらヤクザも真っ青な軍団になることは、予想するに難くない。
伊勢本家が近代装備嫌いでよかったと、心の底から思う。
「ふう…………」 これであらかた掃除は終わったか。
家からはきゃーバタバタと賑やかな声が聞こえる。
しぼんでいるようなら子狐を探しに行こうかと思ったが、この分ではまだ大丈夫か。
「子狐の方がしぼんでるかもしれないな……」
父や利たちには帰りに探してくるようには頼んだが、最悪夏葵あたりを駆り出す必要があるかもしれない。
慧は竹ぼうきをしまうと、今度ははたきと雑巾を手にした。
「慧、なんだあのメール」
「お帰り親父」
サッシの砂を取っていると町内会からあがった父が真っ直ぐ慧のところへ来た。
「いや、伊勢山から芳史の子鬼が来たんだけどさ」
「芳史って、伊勢本家の跡継ぎのか」
「そう、その芳史」
慧は家に戻りながら説明した。
居間に入ると、例の子鬼が紅花兄妹と楽しそうにじゃれ合っている。こちらを見向きもしない。
「で、あれが芳史の式か」
「そ。その片割れがどっか行った」
「また難儀なことだ……」
「てことで俺は探しに行くから、あとよろしく」
利には連絡したんだろう、と居間を出ようとした慧に父が声をかけた。
「したよ」
「ならあいつらに任せておけ。お前はどうせバイクだろう。今日はこれからさらに冷えるから危ないぞ」
慧は顔をしかめた。これだから冬は苦手だ。
「利達に任せておけ。あかりがいるから分かるだろう。お前はとりあえず子守をしてろ」
父がそういった直後、ドタンと床が音を立てた。
「はー…………」
居間では父が「餓鬼ども―! 床は抜くなよー!」とがなった。