銀の魔術師と妖精死譚次
episode-流感- 01夏葵は教室に入って、くしゃみを一つした。
1月半ば、武藤斎の騒動も、年末年始にかかわる神社の忙しさも片が付き、冬休み明けである。
思えば、去年もまったく同じパターンで何か事件に巻き込まれていた。
あかりと利はそのあとに初詣の手伝いに駆り出されるので、少し申し訳ない気になる。
今日から通常授業か、と黒板を見て夏葵は席に着いた。
通常授業になるということは、夏葵は学校にいる間は寝てるか読書になるということだ。
分厚い触媒事典しか入ってない鞄からそれを取り出し、ぺらぺらとめくる。
そして、またくしゃみ。
今年は冬休み中雪が降っていて、例年にない冷え込みを見せている。
ニュースではインフルエンザの流行が予想され、都心ではたびたび交通機関が止まるらしい。
いつも不摂生の極みの夏葵も、さすがに今年は気を使っている。インフルエンザになると香葵が料理をするから地獄を見る羽目になるからだ。
そんなことをつらつら考えていると、利が登校してきた。いつもよりも遅い。
神社の雪かきをしてから出てくるとか言っていたが、あかりがいない。
「寒いな」
「ああ。あかりは?」
「熱だした」
夏葵は耳を疑った。あかりが熱?
「季節的にインフルエンザだろうな。兄貴か親父が医者に連れて行くからそのうちメール来るだろうけど」
「嘘だろ?」
「俺だって仰天したよ」
どうやらそのせいで登校が遅かったらしい。
夏葵がぽかんとしていると担任の田宮が入ってきた。
「そうか、ついにタミちゃんもマスクするようになったか」
担任を見て利がそう言い、夏葵はゆるく首を振った。
「インフルエンザ確定だって。今年の校内初」
「今年も忙しかった上寒かったしな……神社も落ち着いて安心したのか」
多分な、と利は携帯を閉じた。
それにしても、あかりがインフルエンザか……。
「もともと大流行の予想だったからな。今年あたり明桂でも学級閉鎖……下手すると学校閉鎖になるかもな」
「香葵あたり危ないんじゃないか」
「言うな。あいつ予防接種嫌いだからって絶対に受けないんだ」
「そういえば予防接種って手があったな……」
忙しすぎて利は今まで忘れていたらしい。
進学科では「あかりがインフルエンザに罹った」という事実が流布しているらしく、あちこちでインフルエンザの話題が聞こえる。
「あかりはもともと丈夫だからそもそもインフルエンザになるとも思ってなかった……てのもあるんだろうけど」
「それは、俺も思ってた」
まさか、あかりがな。
夏葵はちらりと斜め前の席に視線を投げた。
今日はそこに、誰もいない。