銀の魔術師と妖精死譚

8.復讐者は眠る 04
「……一つ疑問がある」
「?」
「なぜ平瀬にとどまった」

さっさと俺の手が届かないところに行けばよかっただろう、と夏葵は言った。
斎は静かに吹き出した。まさか、彼が気づかなかったわけないのに、心底不思議そうにしていたから。
「瀬川の水源は呪力スポットよね」
「…………そうだな」
「狭霧神社と、その裏手の山は昔、神とつながる異界の道だったのよ。負の思念を封じた古い桜林は異界そのもの。何より――きちんと彼岸につながっている夏葵君がいれば、確実に彼岸と此岸をつなぐ印にできるもの」
自力でこれをやろうとしたら大変だ。一度に数百人、数千人が死んで、鬼門を開かないといけない状況でないと、確実に彼岸につながらないのだから。
そうしないと、此岸と彼岸をどこかでつないで、細い道ながらに一体にできない。ましてや鬼門は閉められてしまうのだ。

「自分ではできないと判断した、か……いや、何としてもそこまでやる気がなかっただけか」

ぼそりと夏葵が冷たいことを言う。
「だって、同じだと思ったんだもの。君の来歴を見る限り、私と同じ、世界を憎んでるって」
「人の思考を、勝手に自分の思考と思うな、甘ったれが」
夏葵が無表情のまま、だが不愉快げにそういう。
だって、そうなんでしょう?と、斎は言おうとした。

視界に靄が立ち込める。
声が出ないままに――ブラックアウトした。



赤黒い靄が、風に薄れた。