銀の魔術師と妖精死譚

6.ほころび 02
目が疲れた。
そう思って、矢島はペンを投げ出すと、メガネを取った。そのまま目頭を揉む。
呪力の流れが複雑に絡み合っている今、矢島の目には、通常の倍の情報が映るのだ。
その上夕べは、平瀬に覚えのない呪力が突然増えた瞬間があった。その時は、矢島はその方角をずっと睨んでいたのである。
その方角が、夏葵のいる方向と気づいた瞬間、矢島の顔が不愉快げに彩られたことは言うまでもない。
とりあえず矢島は、全ての原因を夏葵に押し付けることにした。

それから、香葵からのメール。
何やら起こっているようだが、矢島はとりあえず静観の方針でいる。
正直言って、あまり興味はない。
むしろ今は、視界に入りこむ、人ならざる者や、呪力の流れの鬱陶しさに辟易していた。
あの血の人形を発端に、さまざまなものが活性化している。
それに…………。
目頭を揉んでいた手を下す。
すると途端に、ちらちらと動き回るものが視界に入った。
これが、今矢島を一番悩ませている存在である。
たとえるなら、極小のショウジョウバエが飛んでいるようなものだ。
飛蚊症などではない。
これもまた、呪力に触発されたものなのか。
捕まえてみようかとも思ったが、小さすぎて捕まらない。
あまりに目障りで、思わずハエ叩きに手を伸ばしたこともある。
ハエ取り紙か食虫植物でも仕掛けてやろうかと、今考えているほどに、矢島はそれが嫌だった。

こそこそこそこそ…………
こそこそこそこそ…………

矢島は眉間にしわを刻んだ。
これだ。
時折聞こえてくる、この音。
どんなに煩くても、矢島の耳には必ずこの音が届いていた。
これは、一体なんだ。
一つがひらりと、投げ出されたペンの上に止まる。
――これは、何だ?

携帯の着信ランプが灯った。