銀の魔術師と妖精死譚
4.訪問者 01突然町中に広がった血臭のでどころはわからないまま2日が過ぎた。
おまじないは確実に広がっているが、魔術としての進展は何もない。
夏葵は髪を引っ掻き回した。
うっすらとした血臭と呪力に対して、感覚が鈍っている。
今日はこれから帰宅するのでなおさらだ。
人通りの多い駅前を、足早にすり抜ける。
その中で、突然腕を取られた。
「人違いだったらすみません。氷霜の魔術師、凪夏葵さんですね?」
とっさに腕を払った。
「あんた、何?」
何、と言ったのはここ最近でついた反射だった。誰、と言うのでは相手の言葉を認めている。
だが、この女は、
「わたしは武藤斎――『知の探求者』って言えば、分かるはずよね」
「…………」
武藤斎は首を傾げて笑った。
香水と――血の匂いがした。
寒空の下でしばらくにらみ合いをして後、ファミレスで応酬が始まった。
「世界中の高名な魔術師と対話して歩く『知の探求者』が、こんな片田舎に何の用だ」
「魔術関係者に容赦ないって本当だったのね。それとも素?」
「答えろ」
「あなたこそ」
沈黙。
知の探求者という呼び名は、魔術師には知れ渡っている。
世界中の魔術師のところに押しかけるのもそうだが、何より彼女は魔術師ではない。
魔術の世界を誰よりも知る、自ら魔術は行わない人間。
――そう聞いている。
「……あなただって、組合関係者の中じゃ有名でしょ。悪名高い、とも言えるけど」
夏葵は無表情のまま、目を細めた。勝手につけられた悪名であって、夏葵は全く望んでなどいない。
「わたしね、あなたになら理解してもらえるんじゃないかな……って思うことがあって」
それで押し掛けたの、と武藤斎は女子大生のように笑った。