銀の魔術師と妖精死譚

3.おまじない 03
「寒い……」
容赦なく冷気が目に染みる。
夜霧は風よけにならないので、いつもよりさらに厚着をしている。
夜霧はふらふらと街中を移動するため、そんなに体も暖まらない。

『ここだ』
「ん…………ん?」
現在地は瀬川を渡った交差点だが、見たくないものが視界に入った。
それは相手も同じなのか、露骨に顔を歪めた。
そういえば矢島悠治の家はここから近かったか。
「……生徒会長さんが夜歩きとはね」
「お前もな」
夜霧は勝手に路肩でごそごそしている。
「やたら大きな気配がすると思ったら、化け物が化け物を連れて歩いてるなんてね」
「たまには散歩させてやらないといけないだろ?」
夜霧が喉を鳴らした。
『夏葵、あったぞ』
「わかった――あんまり植え込みは荒すなよ」
「しつけが行き届いてないようで」
返す言葉もございません、だ」
矢島は掘り返された路肩を一瞥した。
「血か」
「お前、血かどうか判別もつくのか」
矢島は鼻を鳴らした。
「血かどうかの判別もつかないの? 化け物なのに」
「見てないのに判別がつくほど鼻は利かないんでね」
矢島悠治は霊視者だ。魔術、魔物、呪力の流れ、果ては見えなくてもいいようなものまで見えてしまう。
おそらく、血の呪力を見ているのだろう。
「生徒会長さんがそれを探してるってことは、あんたがやってるわけじゃあないんだ」
矢島はひどくつまらなさそうだ。きっと矢島の頭の中には、あかりを寝取る算段しかない。
「お前でもない、か」
しかし、矢島がこれを行っていたとしたら、理由がつかない。
夏葵が思うに、この人形は触媒だ。誰かが噂に混ぜてばらまいている。

矢島は、魔術師ではない。
魔術を知っている。だが技術はない。
だから、実行者は矢島ではない。矢島では実行できない。
「……新手か」
かなり面倒なことになりそうだ。
「新手、ねえ」
矢島は首を傾げた。異論があるようだ。
だが、興味はないらしい。くるりと背を向けるとさっさと行ってしまった。
なんだか疲れた。
「……俺らも帰るか」