銀の魔術師と還りし人々

23.山中夜禍 01
「うううう……さむっ」
香葵はくしゃみをした。
時刻は丑三つを回った。もう3時になりそうだ。
このままだと徹夜だろう。
いやそれは諦めた。よくはないが。
ただ、さっきから夏葵がずっと一点を凝視しているのと、矢島が神社の結界の様子をうかがい続けているのが気になる。
「夏葵、視線でその紙焼き切れるわけじゃないんだから」
「違う。見ろ、どんどん腐っていく。加速度的に」
「え、それって呪力の影響……とか?」
「そうだな」
見える限りでもすごいが、実際はこれに呪力の質が加わるから比ではないのかもしれない。
「矢島は何してるの?」
「ああ、なんか、呪力の巡りがいつもと違う気がして」
それに何か聞こえる、と矢島は眉をひそめた。
「え、俺なんも聞こえないけど」
「それは耳が悪いから」
「そうだろうな。なんで聞こえてないのか謎だ」
「夏葵も聞こえてるの!?」
夏葵は胡乱げな顔をした。
「歌だ。それも呪歌。最初ははっきりしなかったが、なんとなくは聞こえるぞ」
香葵にはさっぱりだ。
「ずっと『ゆらりたまゆら』って歌ってる。神道の魂振り――か? それも敷地の地面から聞こえる」
「普段は?」
「まったく」
「何かがあるようには見えないんだけど」
矢島がぼそりと口をはさんだ。矢島が言うならそうなのだろう。
現在何が起きているかを見ればわかるのかもしれないが、生憎と入れない。
宵の口よりも鳴動も増えている。影も多い。
ぶつり、と音がした。
「え、今の何?」
夏葵が無言で紙を指差した。
「切れちゃった……?」
「だな」

夏葵は立ち上がった。
「――まさか行く気!?」
「もう日付は変わった」
夏葵はあっさりそういうと結界の中に足を踏み入れた。