銀の魔術師と還りし人々
22.山中呪禍 04ぼろりと紙垂が腐り落ちたので、新しく幣を地面に突き立てた。
裏山の入口だ。ここはもっと呪力の密度が濃い。
この濃度の中を素でいたら、あっという間に中毒になる。
慧が手を伸ばせば、裏山の結界。そしてそのすぐ先から滾々と呪力が湧いている。
そこには、封石がある。
荒御霊ともいえない、災厄の封印だ。
この時期の新月には、必ずと封石に影が立ち、呪力が噴き出す。
影は幼さを排した少女の形をしている。
汐崎みゆきという。汐崎家の長女だ。
享年15歳。慧とは2ヶ月違いの1学年違い。
神童、とよく言われた。
性格は傲慢で嫉妬深く、自己顕示欲が強い反面、自分につく相手は全力で守った。
なぜその優しさを自分の血縁に向けることができなかったのだろう。
神童と呼ばれた理由は、知能、運動どちらもそうだったが、神道センスと武術センスがずば抜けていたから。
ひそかに鼻にかけていたことを慧は知っている。
しかし、8歳にしてそのプライドはひどく傷つけられる。
刀台をひっくり返したあかりと利が戻そうとしたときに、あかりが狭霧刀を抜いてしまった。
みゆきには抜けなかった狭霧刀を。
狭霧刀は使う人間を選ぶ。選ばれなければ無理に従わせるしかない。しかしそれでは、本来の力をなんら使うことはできない。
かなりのショックを受けていた。
小さいころのあかりは、神道のセンスは未だにないが、武術センスもなかった。
みゆきに言わせると「落ちこぼれ」だった。
今の才能は後天的に習得したものだ。
みゆきには赦せなかったのか。あかりに対するあたりがきつくなっていた。
直後の身内騒ぎで庇護者を失うと、それは顕著になった。
苛めというより虐待に近かったし、お互い何を言っても聞き入れない。
徹底した迫害と、徹底した無視。
あかりが腕を上げると、よりひどくなった。
あれは、嫉妬だ。
度が過ぎた嫉妬は何も生み出さない。
悪循環が約6年続いた。
終焉は、自分で作ったといってもいい。
何を思ったか、神降しをしようとしたらしい。
残留した道具から、天之狭霧神を狙ったことだけは判明した。
実際に応えがあったかどうかはわからない。
だが、何かが降りた。
依代はみゆきで、なまじ才能があるだけ手に負えなかった。
キレたあかりが依代のみゆきを、手に掛けた。
あかりに恨みつらみがあったのかどうかは、今なおわからない。あかりはみゆきについては一切触れない。
だが、あかりが憐れだ。
「みゆき……もうやめよう」
影が答えたことはない。
だが、これ以上あかりが傷つけられるいわれはない。
朋也もだ。物心ついたころから対立を見続けてきて、この件には疲弊しきっている。
みゆき発端の呪力暴発が起こる限り、狭霧神社の人間は、刀と絶えがちな女衆の問題に振り回される。
「狭霧刀が君を拒んだのはあかりのせいじゃないことくらい、わかってるんだろ」
影は答えない。
「――もう覚ます目なんか、ないか」
影は、答えない。