銀の魔術師と捕縛の糸
spinoff-健一--after univ-
「ちわー」
「あれー、また来たのー? 人間って暇なの?」
「いや暇なのは俺くらい」
健一はその後も時折山へ通った。植物触媒が本当に豊富だったのだ。
時間があったと言うのも本当だ。よほどの事がない限り、後を継ぐ企業は勝手に回ってしまう。
季節に1度は必ず行っていただろう。
夏にはなんとか小田原も連れて山へ行った。
羽月は奥までとは言わないが、結構気前よく山を案内してくれた。
木霊や竹霊にもたびたび出会った。
健一が暇も金も持て余していると知ると、羽月は何度か家に突撃してきたこともあった。
広くて結界も強い、居心地もいい。何かあったら組合にチクればいい。そうなれば好き勝手である。
互いにずれた者同士、気はあった。
ただ、一度思い切り他の八咫鴉に睨まれたことがあったが。
『最近うろちょろしてる人間ね。あんまり頻繁に来ないで』
「あの子はね、ずっと結界の中で育ったのよ。八咫鴉も怪異の数も減っていくのを見てきたから。だから外敵になる可能性が高いものはまず排除」
「そうか……いいさ。分かる」
羽月のことが大事なのだろう。羽月はこうして出歩くのは初めてだと言っていたから。
まあ、俺は男だし人間だし。
排除対象になって当然。
健一はひどく納得した覚えがある。
羽月はやっぱり首を傾げていたが。
このころから、小田原からの連絡は無くなっていた。連絡は健一が入れることしかない。
携帯電話が普及し始める前だった。
務めていた私立校から転職されてしまえば、もう連絡がつかない。
職柄か、小田原が同窓会に出席することも稀で、会う事はまずなかった。
そんなこんなで、出会って4年。
藪から棒に、羽月が突然こう言いだした。
『結婚でもする?』
『はいー?』
異類婚とか新手の冗談ですか。
確か羽月の言葉にそんな返事をした覚えがある。
それに対した羽月の返答も酷かった。
『いや結婚したら堂々と山から出てこれるし?』
『羽月さーん、それはどんな口実作りですかー? 俺はダシー?』
『いやいや健ちゃんの事ももちろん好きよー。うん』
『何か誠意に欠けるなあ……』
健一はただそう言うと、そのままソファで寝落ちした。
起きたらとんでもない落書きを顔にされていて、この野郎とばかりに山まで行ってすったもんだやりあった。
馬鹿である。
最終的に山で出会った少年――後に知った羽月の第2子――に結婚を勧められた。
二人して随分情けない思いをしたものだ。
そうして組合経由で婚姻届を出して数カ月、偶然、小田原と行きあった。