銀の魔術師と捕縛の糸
episode-春逢- 05気がついたときには、視界を埋め尽くしていた霞はなかった。
何度か瞬きをして首を巡らせると――夏葵の部屋にいた。
夏葵の部屋のソファだ。
どういうわけか横にされていた。
格好は――投げ捨てられたようによれている。
窓辺の椅子には、ぐったりとした健一がもたれている。
起き上ると、ベッドに寝かせられた夏葵を見つけた。
ああ、そうだ。
起動の遅い頭が、やっと現状を認識した。
夏葵の絶叫の後、突如として霞の奔流が途切れた。
香葵は床に転げた。同時に視界も晴れた。
健一も、香葵と大差なかった。
霞がこんこんと湧いていた夏葵の実験実の扉は、馬鹿になっていた。
実験室の中は、備品がスプラッタになって散らばっていた。
部屋の中心には、いやに赤い血だまり。
倒れこんでいた夏葵の髪は、血を吸って赤黒くなっていた。
そしてそのまわりに、巨大な気配を放ち続けている――幾対もの、目。
全部で、9対。
香葵がその全貌を確認する前に、それは部屋の陰の中に消えた。
「九頭龍……?」
陰を睨んだままの健一がそう呟いたのが、香葵の印象に残った。
九頭龍だなんて、そんな――あり得ない、と。
その後、出血の酷い夏葵の手当てをして、部屋に運んで――二人でぶっ倒れるように休んだのだ。
もう差し込む光が赤くにじんでいる。
あの時は、まだ日が高かったはずだ。
夏葵が起きた様子はない。
香葵はそれだけを確認すると、再びソファに倒れ込んだ。
次に目が覚めた時には、部屋の中は暗かった。
窓からほのかに差し込む光が、いやに白い。
微かに空気が流れていることが影響しているのか、光がぶれる。
ふと起き上って目を凝らすと、夏葵がいなかった。
――どこに。
香葵は眉をひそめた。扉に向かう。
一度、光が途切れた。室内を完全な闇が覆う。
何気なく窓を振り返った。
目があった――そんな気がした。
そこにいた、巨大な気配と。