銀の魔術師と捕縛の糸

20.降り立つモノ 03
来るなんて微塵も考えていなかったのに、なぜだ。
人の領域から外れた山中異界に住んでいるのではなかったのか。

混乱した頭は無用の空回りを続ける。
その間にも、辺り一帯に渦巻く呪力は高まり続ける。
重力偏向と同じ構造の流れに乗って、呪力のポイントが絞られて、軸が揺れた。
呪力の桁が違う。
内蔵が悲鳴を上げた。骨がきしむ。
小田原は再び地面に押しつけられた。
焦点があわない。ぼやけた砂利と、赤くてひきつぶされた何かが視界を埋める。

――蜘蛛だ。

これがある。
手にできる最後の触媒だ。
もう他に手がない。
底をついた呪力でどこまでできるか。
いや、何処まで無事に逃げられるか。
小田原は蜘蛛の死骸を握りこんだ。

「同化……地脈――遁逅」
ずる、と意識が曇った。
体が――融ける。
こんな荒業を実行するのは初めてだ。
いくら土と親和性が高いからと言っても――気分が悪い。
――ただ逃げることは、誰も許さなかったが。



夏葵の母親は目を細めた。
彼女自身は土と親和性はないが、それでもわかるものは分かる。
腰に帯びた小刀を抜いた。
そのまま手首を返して投げる。
たいして狙いなどしなかった。狙わなくても風が自然に誘導してくれる。
小刀は、小田原に突き立ったまま消えた。
地面には血のシミが黒く残っている。

「…………」