銀の魔術師と捕縛の糸

18.祭りと戦は血に沈み 04
棘は霧を吸ってみるみるうちに太さを増した。
抵抗で何とかなるレベルは越えたか。棘が完全に手を封じ込んだ。
夏葵は口を開いた。
「なあ、聞きたいことがあるんだけど」
紋章を刻んだカードを内ポケットから引き抜いた。ソロモンの魔神だ。
「あんたさ、俺に恨みがあっての事じゃないんじゃない?」
正直、夏葵は恨まれるような覚えがない。だが、健一と面識があるなら可能性は有る。

口を開く気のない小田原に、夏葵はカードを向けた。
「汝、偽るべからず。――あんたは頷くだけでいい」

効いたかどうかは目に見えて分からないので、夏葵はそのままつづけた。
「あんたが恨んでるのは俺自身じゃない」
ぎり、と歯を噛む音がした。肯定か。
「あんたは恨みの当てつけに俺を選んだ」
「あんたは本来恨む相手と実力差がある」
淡々とした詰問のたびに、小田原の歯を噛む音がした。
「山下怜奈とはどういう縁だ?」
「…………」
「まあいいか」
おいで、と夏葵は夜霧に手を伸ばした。



目が他所を向いたすきに逃げたかったが、棘がそれを邪魔した。
寒かった。指先の感覚が全くない。
寄ってきた鼻面にもたれて、夏葵がこちらを見た。
「俺のことを恨むなよ。いくらモグリ相手でも組合は俺に嫌味を言うからな。死体がでると後始末が面倒だから」
だから、完全犯罪じゃないといけないんだ。
夏葵がそう言うと、鼻面がいくつも寄ってきた。

――喰わせる気か。
確かに、何の証拠も残らない。小田原和樹と言う人間が一人失踪しただけだ。
この霧に結界がある。目撃者など居ようはずもない。せいぜい怜奈がいるだけだ。
これで逃れられるとは思えないが、小田原は疑問を口にした。
口数が随分多い。
「随分とおしゃべりだな」
胴を締め上げられているせいか、声を出すと少し苦しい。
「まるで三文役者が演じる悪役だ」
「…………」
「らしくないな――何のつもりだ」
夏葵はいくつもの頭を撫でている。
「あかりがあんたを殴りたがっていたな」
殴らせてやれないな。唇だけがそう動いた。
答えになっていないが、夏葵はあかりのことを気にしていることがわかった。
「そんなに汐崎が大事か。奴も化け物の貴様と大差ないぞ」
夏葵は静かに振り返った。
「……やれ」

夏葵の後ろで、霧が震えた。