銀の魔術師と捕縛の糸

18.祭りと戦は血に沈み 02
夏葵は膝のばねで、思い切り地面をけった。
霧につつみこまれて、ふわりと体が軽くなる。
たった数瞬の差が激しくてめまいがした。血が流れるざわざわとした音が頭に響く。
傍に夜霧がいるらしく、夏葵は自在に体を動かすことが出来る。

小田原はそうとは限らないが。
それにさっきの攻撃は怜奈か。
だとしたら怜奈は比較的傍にいるはずだ。

寄り添っている夜霧の2つの首が、振り返るとぐるぐるとうなった。
きらりと反射するものがある。
怜奈は刃物を持っているはずだ。怜奈だろう。
足場に、夜霧の頭に足を掛けた。
「……どっちだ?」
『女』
返答に一つ頷くと、夏葵は思い切り飛んだ。



浅い、と思った。
出血は確かにあったが、ナイフはたいした傷を作れていない。
それなりの怪我になったなら、相応の手ごたえがあったはずだ。
怜奈は自由の利かない霧の中で、必死に目を凝らした。
無重力か。上手く見まわすことが出来ない。
怜奈と小田原は土蜘蛛と言われるだけあって、属性が土なのだ。この状況とは相性が悪い。
本来なら、小田原が仕掛けた重力偏向の術式で夏葵の自由を奪って叩くつもりだったが。
そうそう計画どおりにはいかないと言う事か。

何といっても相手は化け物だ。
その化け物がさらに化け物を連れてきた。

化け物は相当大きい。それとも霧が気配を攪乱しているのだろうか。
そこかしこから気配がする。
そのせいで夏葵がどこにいるかがわからない。
空気が振動した。雷か、それとも夏葵によるものか。
なんとなく不安になって、ナイフを引き寄せようとしたら、その手が後ろから蹴りあげられた。
手からナイフがすっぽ抜けて、霧の中に消える。
反射的に左手で予備を抜いたが、突きだす前に薙ぎざまに蹴り飛ばされて消えた。
そのまま背中を切り飛ばされて、壁に激突。

夏葵の姿はもうなかった。