銀の魔術師と捕縛の糸

15.雨に紛れるモノ 01
どういう事だ、あれは。
山下怜奈は眉を寄せたまま目を閉じた。
あのとき、凪夏葵には、怜奈の事が見えていたというのか。
結界を張っていたのになぜ――機能していなかったというのか。
破られた魔術は――そんなに簡単に壊れるものだったのか。

上から見下ろした冷たい目。
暗さと相まって、何か別のものに見えた容貌。
あの瞬間に思いついた言葉は、化け物だった。
何より、その化け物がずっと尊敬していた汐崎あかりと一緒に歩いていたなんて。

――忘れられない。

敵意、嫉妬――負の感情をないまぜにしたものが湧きあがり、渦巻く。
――先輩。
怜奈はもとはといえば平瀬の生まれだ。今は別のところに暮らしているが。
遊び場は、公園や、学校や、神社。
単純に近かったこともある。
年の近いお姉ちゃんやお兄ちゃんがいるから、と当時の怜奈はまわりに言っていたらしい。
あかりと利だ。
とりわけ懐いていたのはあかりに対して。
怜奈にとっては、良い姉といった存在だった。
それが、高校進学で平瀬に帰ってきたら。

――先輩の隣には、一人の見知らぬ男。
――知っている先輩の表情じゃない。

変えたのがだれかは、考えるまでもない。
男がだれかは、調べるまでもなかった。校内で1,2を争う有名人だ。
一つ上の凪夏葵。
特徴的な銀の長髪と青みを帯びた目。
どうにも小田原が恨んでいるらしい魔術師。

――魔術師ならば、
小田原の計画に乗るまでだ。
怜奈も小田原と同じで、魔術師としてはモグリである。
その上、親は魔術師になることを放棄した人種だ。
自分じゃ技量が足りないことは、この間のことでよくわかった。
わかりすぎた。
だからこそ、余計に腹立たしい。
どうしようもなく、腹立たしい。
怜奈は苛立ち紛れに、傍らの電柱を蹴り飛ばした。



「やっぱりモグリだってさ」
夏葵はぺら紙をひらひらと示した。
「ついでにここに出入りしているやつもいないから、ダブルでモグリらしい」
ちなみにぺら紙に書いてあるのは「該当者なし」という、甚だしく無駄な文面。
受け取ったあかりが、実につまらなさそうに紙飛行機を折り始める。
「他からの情報は?何か」
「親父が言ってたんだが、小田原は魔術師っていうよりも、特殊能力に近いところらしい。まあ、理論的なものらしいんだが」
「じゃあ、魔術師自体は得手とは言い難いんじゃないのか?」
夏葵は利に首をかしげて見せた。
「特殊能力系と魔術系が両立してる例もなくはないぞ」
ま、そんなんだったらモグリでも大概噂になってばれるけど、と夏葵は呟く。
「で、お前らは中等部の時から面識あるんだろ。なんか気がつくことなかったのか?」
「なかった」
「ないよー」
きっぱりと言う利と、完全にやる気のないあかりの返答。
「……そうか。ってか何で今日に限ってあかりはこうなんだ?」
「さあ……」
出来あがった紙飛行機を弄んでいるあかりを男二人が横目に見た。もちろん返事はない。
視線の先は、ついに紙飛行機を飛ばしたあかり。その仕草もやる気がない。
「あかりー、何かあったのかー?」
「んー?」
話す気があるのかないのか。
「んー、怜奈がねー」
「怜奈が?」
「誰だ?」
利が怪訝そうな顔をして、夏葵は首をひねった。
「小さい頃の遊び仲間。神社とか道場とかに出入りしててね。このたび高校進学で戻ってくるって連絡あったんだよね。でも――最近返事もない」
「ああ、そう言えば俺にも連絡あったな。それきりに近いけど」
「で、それ、誰?」
夏葵が水を挿す。
「山下怜奈。15歳。進学科1年C組。8歳までこの平瀬で育ち、それ以後――えーと、何だっけ?まあいいや。電車で30分くらいのところで中学卒業。その後平瀬のここ、明桂学院高等部に進学」
「なんかの供述みたいだなオイ」
「分かりやすくていいじゃないか」
そういう夏葵に、あかりは携帯を放った。
「それが怜奈」
「……これ」
携帯の画面を確認したところで夏葵が止まった。
「連絡が途切れたのは10日以上前だろ」
「20日」
「……俺に喧嘩売ってきた奴はこいつだ」
夏葵は携帯を投げ返した。

「………………………は?」
「俺に喧嘩売ってきた女子生徒と言うのは、この顔だった」
「マジ?怜奈?」
同じ顔の奴がいなければな、と夏葵は呟く。
それを視界の端に、あかりと利は顔を見合わせた。

「怜奈が」
「魔術師?」



「そうなの?」
「そうなの、って言われても。お前らの方が付き合い長いだろう」
知らないとあかりは首を左右に振った。
「魔術師なんてそんなものでしょ」
「まあその通りなんだが。中身が分かれば楽なんだよ。これから仕事増えそうだし」
「仕事――ああ、文化祭のための決済?」
夏葵は実に面倒臭そうに頷く。生徒会長としての仕事が決済しかないとはいえ、増えると拘束時間が増える。
「お前らの会話から考査という単語が出てこないのが恐ろしんだが」
ああそう言えば考査も近いな、とあかりと夏葵は頷く。二人にとっては実にどうでもいいことだ。
「生物頑張ってね―」
「化学より低かったら笑えないぞ」
つれない言葉に利がしょぼくれる。
「そう言えば、俺らってクラスで何かやるのか?」
夏葵はホームルームは毎回寝ているため全く知らない。あかりも利も興味を持たないため、話題に上がらないこともある。
「スリッパ卓球やろうとか言ってるよ。シフトはやりたいメンバーで何とかなるんじゃないの?」
「夏葵は生徒会権限で逃げられるだろ?」
「こっちは全力拒否だけどね。まあ、何かとごたごたしてくるし、気をつけないとね」
そう言って、あかりは含みを持った目で年を一瞥する。
「俺も装備しろって言いたいのか」
あかりは返事をしないが、言っていることは明らかだ。あかりの対策は殴る蹴る等の暴力手段だ。装備も何もあったものじゃない。

「しっかし、何だってまあ、こんなにこんなに俺が狙われるんだ?」
「さあ……」
「目立つからねえ」
そうやって三人は、そろって首をひねった。