銀の魔術師と捕縛の糸

9.集束 03
どっ、と床を打つ音が響いた。
黄金の欠片が気まぐれに空中に散る。
「夏葵!」
拾った携帯を投げ捨てて、あかりが駆けよった。
床に落ちた欠片は、ぱちんぱちんと弾けて空に消える。――呪力が。
「夏葵、夏葵?――あ、生きてる。寝てる?」
夏葵の白い顔を、あかりがぺちぺちと叩いて確認する。
それは寝てるというよりも気絶だと思うが、利は何も言わずに近づいた。
顔色は、相変わらず病的に白い。

――青白くはない、というべきか。
倒れる直前と比べれば、遙かに健康そうな顔色に戻っている。
「あれか。供給過剰な血液抜いて、みたいな」
「纏わりついてた呪力の気配が消えてる」
あかりが冷静に分析する口調で言い切った。
あかりの視線が冷たいのは、利の発言がずれていたからか。
「とりあえず、おかしなことはなさそうだけど」
どうかしらね、とあかりが呟いた。
「汐崎、浅井……これは…………」

これはどういう事だ。
異様に静かだった体育館の中に、微かなざわめきが戻る。
「ああ、先生――」
「これは何だ――?」
あかりと利は顔を見合わせた。
「どうする」
「わたしたちが心配して説明すること?これ」
あかりは相当に懐疑的だ。だが利は結界を張ってしまった以上、無関係ではいられない可能性がある。
「けど――」
「大丈夫よ。ほら、今に――」
あかりがちらりと出入り口に目をやった。

荒い音を立てて、扉が開け放たれた。



――既視感。
ああ、夏葵と対峙した時か、とあかりは納得した。
香葵。あのとき扉を開け放ったのも香葵だった。
それから、もう一人。壮年でスーツの男。
「夏葵!」
香葵は眼鏡を掛けたままだった。授業が終わって飛んできたのか。
似てる、と思った。香葵とスーツ男がだ。
親子か。だとしたら、夏葵が呼び出した父親というのは、この人なのか。
「何があったんんだ?」
「呪力の暴走。原因らしきものに夏葵のものじゃない呪力」
香葵の眉がきつく寄った。その眼が苦しそうに伏せられる。
あかりがふと目線を上げると、父親も似たような苦しげな表情をしている。
あかりは視線をそのままスライドさせて体育教師を見た。
「――早退」
「え……?」
「させるんでしょう?早退」
「あ、ああ……」
「ということなんで」
あかりは夏葵の頭の下に手を差し込んで起こさせた。
意外なほど軽かった。
後は父親が引き受けた。
たやすく抱きあげられた身体が、手足が、所在なさげに揺れる。
「荷物はたいしてないから、香葵が持って帰ればいいんじゃない?」
「あ、うん」
香葵は緩慢に頷くと、父親に抱かれた夏葵を覗き見た。
「夏葵――」