銀の魔術師と孤独の影

spinoff-慧- 高校の話
3年前、慧は高校3年生だった。
大学はもう決まっていて、そのころは友人たちのバックアップのために登校していた。
バレンタインであることを除けば、なんら変わりのない一日。
登校時に既にはしゃいだ女子生徒から何度か声をかけられた。
それに受け答えつつ、校門前まで来て気づいた異変。
慧が歩いてきたのとは反対方向の通りにいる、野次馬。
警察と消防が赤ランプを点滅させている。
紺の制服に混じるスーツは教員か。
救急車に乗せられた顔は、どこか見覚えがあった。
救急車は静かに走り去った。
自然と足は、人混みの中に向かった。
クラスメイトに名前を呼ばれた。
腕を引かれて最前列まで行く。
警察が取り調べを始めていたが、その中心に取り残された遺留品。
鞄、紙袋、紙――手紙。
手紙に書かれた文字を認めて、慧は現実感を失った。
――あの子は。
名前も知らないあの子は、
慧の脳裏に去来するのは、冬休み前の昇降口。
見覚えのある、ではない。見た顔だ。
凍りかけたタイルに転びかけた身体を、とっさに支えて。
音が何であるかの認識を拒否し、
景色が何であるのかの認識も拒否し、
現実と意識が切り離される。
それ以上の、そのことに関する記憶はない。