銀の魔術師と孤独の影

episode-早春- 通りもの
――須佐之男命
伊邪那岐に海を統括せよと命じられたが、母、伊邪那美を恋こがれ、成人しても泣くばかりであった神。

「汝が恋しき地は根の堅洲国なれば」
慧が口を開いた。
「根の堅洲国――」
「葦原中国より繋がる根の国底の国。肉体生きては行くこと叶わず、肉体死にて魂にて行くこと叶う黄泉国。――汝が恋し母はその地の何処かに」
「黄泉国――」
それはそう呟くと、ふっとのけぞった。

鳴動が止む。
禍つものが離れ行く。

力を失い、枝から滑り落ちるあかりに、夏葵が駆けた。
ぎりぎりのところで落下ポイントに滑り込み、抱きとめる。
体力を根こそぎ持っていかれたのか、顔はいつになく青白い。



あかりが須佐之男命に憑かれるのは初めてではない。
幼いころから繰り返し起こってきたことだ。
3歳で母を亡くした深層心理がそうさせるのか。
霊媒体質であるがゆえに、強くひき寄せてしまうのか。
そういえば、あかりが運んでいた祭具類――とりわけ琵琶は――生前あかりの母親が愛用していたものだ。
それが記憶と共に呼び水となってしまったのか。

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