銀の魔術師と孤独の影

episode-早春- 通りもの
「通りもの?」

夏葵は専門外のことに関しては、素直に分からないことを聞いてくる。
「一時的に宿って現象を引き起こす神のことを、うちでは昔から通りものというんだ。――恐らく、祀る神がいないから起こり得る現象なんだと思う」
他の神社ではこんこと起きるのか聞いたこともないけどね、と利は付け足した。
もともと、狭霧神社では通りものが多い。何代かに一度の割合で、霊媒体質が生まれやすいのだ。
とりわけ、あかりが生まれてからは何度も起きている。どうもあかりは霊媒体質らしかった。
「通りものは荒御魂や戦神が多いから禍をもたらす。その反面、去るのが速い」
大人しいものだと、通り来たことすら気付かないうちに去っていることがある。
通りものだとしたら、今回はあたりが悪かったのだ。

地面が撥ねる。――近い。
誰もが無意識のうちにそう思った。



強烈な風が吹き抜けた。
「――――――っ!!」
折れた枯れ枝が、砂が、容赦なく3人に襲いかかる。
――いる。
轟轟と、上から3人に邪気を孕んだ禍つ風が吹く。



「吾れが恋しき地は何処ぞ――」



はっとして彼らは上を振り仰いだ。
慧が腕を掲げて目を眇める。
少し先の大木の低い枝に、それがいた。
あかり、と夏葵の唇が動く。
「吾れが恋しき地は何処ぞ――」
瞳から溢れる大粒の涙。
赤く泣きはらした目。
「吾れが恋しきは母は何処ぞ――」
「汝は須佐之男命か」
慧は鋭い口調で、それに問うた。
それはゆっくりと頷く。

そして再び、「吾れが恋しき母は何処ぞ――」と言った。