銀の魔術師と孤独の影
episode-早春- 寝候道場から戻ってきた浅井利は、授与所の中に転がっているモノに目をとめた。
「今日も来たのか」
「ええ、昼過ぎに」
返事をしたのは、棚を拭いていた汐崎あかりだ。千早の上から襷を掛けて、利の方には見向きもしない。
「何だって、こうも毎日」
「さあ。本人に聞いたら?」
その本人は畳に座布団一枚で眠りこけていた。
凪夏葵である。
クラスメイトでもあり、魔術師の知人でもある夏葵は、年が明けてすぐのころからここにいつくようになった。
居つく、といってももっぱら寝ているだけだが。
彼が来るとすぐに気付くのは、その色彩にある。
神社に似つかない銀髪と、着っぱなしのコートはいつも黒。
授与所だろうとどこだろうと、気付かないはずがないのだ。
気にしないのは本人くらいのものである。
――気にしなさ過ぎて、来たら昼寝だが。
気にしろよ、と利は思うのだが夏葵にとっては些事であるらしい。
一度、慧がお茶を淹れてくれたので何とか起こしたが、途中で船を漕ぎだした。
その挙句、あかりの肩にもたれて二度寝に入ったのだ。高さがちょうどよかったらしい。
最後にあかりに突っ転がされていたが。
そんなことがあってから、起きてこなければ夏葵を起こさないことになった。
今日も休憩を入れている3人の斜め後方に放置だ。
と、突然夏葵が頭を起こしたことに利は気づいた。
「夏葵?」
起きたか、と聞こうとした瞬間また寝入る。無意識の行動らしい。
「そういえば、夏葵は毎日来てるけど、香葵はどうしてるんだろうねー」
「……そういえば」
答えを持っている人間は、まだ起きる様子はない。