銀の魔術師と孤独の影
15.魔術師の部屋 04ドアに鍵をかけ、一人ため息をつく。
香葵がドンガンとドアを叩き続けたせいで術が停止してしまったのだ。
「あの馬鹿……」
一番肝心なところで妨害して。
どういうわけか、昔から香葵が干渉すると術式が狂う。それも被害は夏葵だけにとどまっていないのだから何かあるのは確実だが、いかんせん香葵に自覚がない。
夏葵は何回も「人が術式を扱っている最中に接触しようとするな」と言い聞かせているのに。
一度中断された術式を働かせるのは非常に難儀だ。
夏葵は蝋燭が一本だけ灯された部屋を見渡した。
銀線のように細い月が窓から見えた。少ない月光を出来る限り取り入れられるようカーテンは引かれていない。
先程まで窓ガラスも開け放っていたので、空気も身を切るように冷えていた。
中途半端な状態の術式が時折微光を放っている。
まったく、仕様がない。
蝋燭を消し、一度術を閉じた。
物理的に働きかける魔術と違って、予知・探知の魔術は効果がどこまでも漠然としている。
漠然としている理由は術の効果が魔術師に依存しているからだ。
素質、魔術系統――この二つが効果を決める。
素質は素質として生まれたときには確定している。その差は予知・探知の得手不得手分野をつかさどる。
逆に魔術系統は素質をカバーする。とりわけ西洋魔術を基礎に置く魔術では強化され、反対に神道など特定の一分野に特化した魔術はいかに素質があっても魔術が働かない。
浅井利と汐崎あかりがそうだ。あの二人はこの手の魔術が徹底して向かない。
幸いにも父方の凪家は各種西洋魔術を基礎としているので、夏葵は得意と言い張ることが出来る。
しかしいくら得意と言っても限度がある。
夏葵が分かることは魔術的要素を含んだ自然現象が最も強くなる日と場所くらいである。それで大抵のことは足りる。
窓を開けはなち、インセンスを炊きなおし、新しい蝋燭に火をつける。
インセンスの煙で、細い月がけぶった。
夜の象徴たる彼方の月よ
汝が宿りし夜闇の主に
いまひとたび相見え
幾重もの幕の先に隠されし
遥かな未来を覗い見ることを
いまひとたび許したまえ
夜の住人たる幾万の星よ
いまひとたび夜闇の主の許しを賜う
我の燭となりたまえ