銀の魔術師と孤独の影

11.プロローグ 02
薄氷のような冷たさから昇降口に入る。
人の体温でほんのりと暖かい昇降口からのぞく廊下に、何やら人混みがあるのを凪夏葵は気がついた。
「あれ?何だろ」
双子の弟の香葵が目を輝かせて人混みの中に入っていこうとする。スニーカーを脱ぎ捨てて。
夏葵はそれを冷たい目で一瞥して、自分の下足棚に手をかけた。弟だからって片づけてやる義理はない。
弟、とはいっても酷く似ていないが。
夏葵は上履きに履き替えるとゆっくりと廊下を進んだ。

人だかりを通り過ぎようかとしたとき、そのうちの一人が夏葵に気づいて振り返った。
「あ、おはよう、凪」
「ん……。これは何だ?」
「進学科の成績開示だよ」
そういって彼は笑った。



関東の一地方にある平瀬町に私立明桂学院高等部はある。
夏葵はつい3ヶ月ほど前にここに編入してきた、今や校内屈指の有名人である。
有名になった理由は容姿と成績だが、その成績は進学科で優秀とされるクラスでも一目置かれていた。
この私立高校は奨学金制度をもち、また学業奨励のために考査ごとに総合成績を開示している。
夏葵は覚えていなかったが、それはどうやら今日らしい。
それを言った男は、夏葵も所属する一年A組委員長であり、また魔術師でもある浅井利だ。
2か月ほど前に彼をも巻き込んで魔術闘争があったが、浅井利は一向に気にしていない様子であった。
その浅井利を巻き込んだ張本人は、傍で壁にもたれて欠伸をした。
「……テストお疲れ。こいつに化学教えた甲斐はあったんじゃない?」
掲示なんてどうでもよさそうに汐崎あかりは呟いた。
言われて人越しに掲示板を見れば、浅井利の名前は上から3番目にあった。満点まで50点と言ったところである。そのうちの8割が化学の失点であるが、テスト返却後に嬉し泣きをするかという様子だったくらいだ。いままではよほど悪かったのだろう。
ついでに、ぶっちぎりの3位である。
1位はさらに差をつけて満点の両者――汐崎あかりと夏葵である。
自分の順位は予想がついていたので全く興味がわかない。
「――香葵は何処だ?」
人混みをかき分けて前に行ってしまった愚弟はざっと見た限り上位10番目には食いこんでいないようだが。
ゆっくりと視線を右に移していくと50番目くらいのところに香葵の名前を見つけた。
古典が12点なら、まあ、妥当な順位か。
夏葵はいつも香葵のことを愚弟と扱うが、これは半ば本気である。

ふうん、と夏葵は鼻を鳴らすと人ごみから離れて教室に足を向けた。