銀の魔術師と孤独の影

fragment2
異常に遅く感じる体感速度の中、香葵は懸命に走った。
――夏葵と他の魔術師を対決させてはいけない!
香葵の頭の中にはそれしかない。
夏葵と魔術師がぶつかるということは、確実に潰し合い殺し合いになるからだ。



魔術、と言えば偉大な物の何かに聞こえるかもしれない。
だが実際にふたを開けてみると、中身は野蛮極まりないので、魔術師は倫理観というものが欠けている。
魔術師同士が対決すれば、逃げ切るか叩き潰すかの単純な二者択一。
その二者択一は場所と状況さえ選べばどこでも起きる。
今回のように、他所から移ってきた魔術師が地元の魔術師と対立して潰されるということはよくあることだった。
だが、今回は移ってきた魔術師はあの夏葵。――危険すぎる。
夏葵が仕掛けたのなら、まだいい。
だが、夏葵が嗅ぎつけたのなら――相手はまず死ぬと考えた方がいい。
その上、夏葵は人間嫌いの気がある。新しい集団生活の場でのストレスがあるのは確実。
そのストレスを当てつけてしまえば、もう状況は酸鼻を極めることが簡単に想像がつく。

止めなければ、と思う。
夏葵は自分が魔術を行っているのを香葵に見られるのを嫌う。
だから香葵が現場に駆け付ければ、一時的に、表面的にだけとはいえその場が収まるのだ。
そもそも夏葵が人間嫌いになった原因の大本は、香葵にあるのだ。
――止めないと。
何があっても止めることが、夏葵に対する贖罪なのだ。

――止めないと!
香葵は息を切らせたまま、目の前の扉を開け放った。