銀の魔術師と孤独の影

5.暗躍 07
「あれ以来大人しーねー」
凪夏葵が教室を出て行ったのを確認したあかりは誰とは言わずに利に言った。
「やっぱり勘違いだったんじゃ……」
「まだ言う?往生際悪いよ。協定結んだんなら諦めなさいよ」
あかりはひと睨みで利をやっつけると、明日の小テストのヤマを張ったノートを渡した。
「いい加減疲れてきたんだよ、俺……」
家の手伝い兼バイトと勉強とこの件と、と利がこぼす。が、これくらいできなくて何が魔術師だというあかりからは労わりの言葉は出てこない。実力主義、成果主義を標榜しているのだ。
「だからサービスして小テストのヤマ、いつも以上に気合入れて張ってるでしょー?」
昨日なんてドンピシャだったじゃない、とあかりは言うが、このヤマを張るノートを作っているのが化学の授業中だと知っている利にとっては微妙なところらしい。
「でも今日で一週間たったぞ……」
「何いってんの。あそこ(第三体育館)は授業も部活もあるから頃合い計ってるんでしょ。私だってそうするわ」
利の言葉はこの一週間、あかりが一蹴し続けている。学校では控えめに、しかし下校時に百万語を費やす勢いで理路整然と言い返すと、あかりのほうが理にかなっているせいで利はろくに口もあかない。
もともと魔術的な才能があかりのほうがある、ということもお互い承知なので、結局利はあかりの言いなりだ。
「俺、ヘタレ直さないとまずいなあ……」
遠い眼をしてそう呟いた利だが、「ヘタレのほうが使いやすいからそのままでいてよ」とあかりは言った。
利がさらに沈むのを見てあかりはにんまり笑う。
「お、帰ってきた」
さりげなく利に話をふる。
「あんた化学がのどこがわからないとか騒いでなかったっけ?」
利もノートをしまいながら「あ、そうだった」とアドリブに乗る。
「凪ー、今日の内容のやつ教えてー!」
凪夏葵は利にちらりと目を向けたが、「今日都合悪い」と一言残して鞄を取った。
「あーじゃあ明日の朝頼む!」
「…………ああ」
夏葵はひとつ頷いて教室を出て行った。
「…………『今日都合悪い』だって」
「それがどうしたんだよ」
「いつも放課後に声かけても暇な奴が『都合悪い』ってきな臭くない?」
利の眼に疲労が増す。
「基本は全てを疑え、でしょ?こういうときのために慧兄から現代兵器借りてきてるのよ」
利は首をかしげた。
「慧兄改造の小型ノートパソコンと薄型発信機」
「ちょっと待て!まさかお前……」
そのまさか、とあかりが言うと利の顔に慄きが走る。何引いてるのよ。
「使ってなさそうなポケットと教科書の隙間に挟んでおいたのよ。そろそろ仕掛けてみるのもいいんじゃない?」
もう埒が明かない、と言外に匂わせると利はやっと腹を括ったようだ。

「あんたのそのいざというときの覚悟の良さ大好きよ、利」
いままで陥落した人間のいない極上の笑顔でそう言うと、利は照れ臭そうにそっぽを向いた。