銀の魔術師と孤独の影

5.暗躍 04
「で、残してた情報って何なんだ?」
利が窓ふきを再開しながら聞く。もう諦めたしい。
さっきまでの話で、夏葵がどこかで魔術を使っただろうこと、魔術の残り香があるまま行き倒れていたことはおおよそ話した。残っているのはもう二つある。

「一つ目、魔術の発動なんだけど、最低もう一回あったと思う」
「根拠は?」
「魔術ってまず最初に結界張るものでしょ。誰も入ってこないようにするために。二回目以降は結界で隠したんだと思う。魔術の発動の感知は、人の第六感レベルじゃ結界がせいぜいだわ。結界に包み隠された気配を感知するのは準備なり道具なり必要よ。そして私たちの魔術はそういったことには向いていない。見逃しても当たり前だわ」
「……確かにそうだな」
神道は結界張るのがメインだから忘れてた、と利が呟く。

「二つ目、凪夏葵に体育のとき若干不審な行動があった」
「不審な行動?そんな変なことしてたか?あいつ」
「だから若干、でしょ。こっちは確信がないのよ」
言葉を切ったあかりに、利が無言で話を促す。
「あいつ授業が始まる前に、ステージのすぐそばで靴紐結び直してたんだけど……なんていうか、床の上に落としたものを拾うように手滑らせたんだよね」
「拾うように?」
多分拾ったんじゃないと思うけど、とあかりは付け足して、少し考えてから続ける。
「何かをステージ下に放り込むように、って言ったほうがいいかもしれない」
「放り込むように、ねえ」
利が窓ふきをやめて顎をつまむ。
「この状況で妥当に考えれば、魔術の何か、だろうな」
「それもそうだけど、第三体育館にそれ仕込んでたってことは、あそこに何かあるはずよ。よそに仕込んでるかどうかは知らないけど」
あかりの見た限り、そういったそぶりはなかった。あくまで今のところ第三体育館だけ。
「回収してみるか?」
「いやよー、そんな冒険。何かあったらやだし」
「お前、俺が冒険しようとすると難色示すよな」
「私が冒険するときは緊急事態か物がわかってるときだけよ」
冒険は何があるかわからないからするものだ、という考えはあかりにはない。何があってもおかしくない、という状況なら冒険はするが。
「冒険するとしても、私だったら掃除機使うわね。ステージ下なんて埃もたまってるし。むしろそのまま吸いこんで、ゴミごと捨ててあいつの計画パーにするわよ」
「お前らしい嫌がらせだな」
で、どうするんだ?冒険するのか?と利が聞く。
「利がやってくれるなら冒険してもいいけど」
「お前端から冒険する気ないだろう」
諦めモードの利の顔が呆れ顔に替わる。
「妨害工作には興味あるけど、あいつが何やってるかの興味はそこまでないんだよねー。わかるんだったら知りたいとは思うけど」
「じゃあその妨害工作、誰がやるんだ」
「利に決まってるでしょ」

やっぱりか、と利はため息をついた。
「俺は嫌だぞ」
「埃アレルギーだもんね」
「そういう問題じゃ……確かにそれもあるけどさ」
「じゃーしばらく経過観察だね。弟、何も知らなそうだから探りいれてみたいけど……」
あかりの声が尻すぼみになった。
「あいつ、表裏ないからうっかり凪に言いそうだしな」
「言いそう、じゃなくて言うと思うわよ」
「じゃあ経過観察するとして、四六時中見張ってるわけにいかないだろう。とくに芸術」
一年生の選択は芸術以外にないので昼休みさえ気をつければいいのだが、あかりも利も書道選択で音楽ではない。
「音楽室のどっかに、テープレコーダーとかボイスレコーダーとか仕掛ける?」
「無理だろ。吹奏楽部と合唱部が毎日出入りしてるんだぞ。いつ回収するんだ」
「っていうかまず見つけられるしね」
放置する?とあかりはここにきて日和った。
「なんかあった時には運がなかったってことで」
「お前それのほうが冒険だろうが!!」
「いやだって、私強運だから何かあっても被害にあわないし」
その結果、被害者は利だ。ある意味あかりが加害者であるような状況でもある。

「だって手の打ちようないよ?」
「だからこうして案練ってるんだろ」
「三人いないから文殊の知恵は出てこないと思うわよ」
あかりがあっさりいうと利も士気が落ちたようだ
「……もういい。お前に何言っても無駄だ」
上からじとっと見られてあかりは肩をすくめた。今更なことを。
「じゃあ着替えのときとかその他諸々よろしくねー。私、教室内以外は無理そうだし」
ちゃっかり押し付けると、利はもう返事をしなかった。