銀の魔術師と孤独の影
2.汐崎あかり 03チャイムが鳴り終えてから凪夏葵はふらりと教室を出て行く。
――変わった奴。
少しすると同時編入した弟の香葵が呼びに来るのを知りながら毎日昼休みに姿をくらます。
「なんつーか、野良猫?」
「何がだ?」
隣に来た利が怪訝そうな顔をする。
「凪夏葵」
違くね? と即否定の返事。
「むしろ猫はお前だろ。山猫とか」
「えー」
弁当の包みを解きながら露骨に嫌な顔をして見せる。その後利が鞄から出したものを見て、あかりはさらに渋い顔をした。
「また化学ー? いっつも教えてるじゃん。またー?」
進学科一年理科では必須の化学を利は最も苦手としている。
「いや俺わかんねーんだって」
「わかれ」
「んな無茶な」
「無茶じゃない」
「……確かに無茶ではないな」
通路越にいがみ合っていたあかりと利はぎょっとして振り返る。
教室を出て行ったはずの凪夏葵がそこにいた。
月光を彷彿とさせる蒼い瞳が冷たく二人を見下ろす。その顔には何の表情も読み取れない。
「担任から伝言。委員長は昼休みが終わる前に来い、って」
抑揚のない平淡な声が事務的に言葉を紡ぐ。
脳波も平坦なんじゃないかと不謹慎なことを思わずあかりは考えた。
「あ……そか、サンキュ」
「化学が苦手なのか」
凪夏葵の言葉に利はきょとんとしながらも頷いた。
「そうか、大変だな」
全く大変だとは思っていない声。編入一週間で凪夏葵がデキることはあっという間に広まったが、その声に哀れみはない。
「凪さ、化学得意?」
「まあ」
「教えてー! あかりに教わるのはもう無理っ」
「あっそ」
「別に……かまわないが」
利が手を叩く。
「やったー! とりあえず有機と無機から教えて!」
凪夏葵は機械的に頷くと椅子に座った。
だれもが思ってもいなかった友好関係が成立したようだ。