神代回顧録

雛 03
すうっと冷えた風が小屋の中に忍び込んでくる。
暁はそれを背で感じながら、芋を鍋の中に削り落としていった。
小さいが丁寧に作られた囲炉裏では、ぱちぱちと火がはぜている。
かたりと戸が開き、真竹が桶を手に戻ってくる。
「酷い霧だ。
井戸に行くまでに迷ってしまう」
「雲の中?」
「そうだね……明日の朝には晴れるといいんだけど」
でも今夜は荒れそうだ、と真竹がつぶやいた。
桶の中を水瓶に移し替えて、真竹は暁の向かいに腰を下ろした。その髪がじっとりと濡れている。
しばらく匙で鍋をかき混ぜると、塩をひとすくい流し込んだ。
いつもの味気どころか塩気もない食事だ。
案の定、口を付けるや否や、薄いと暁は思った。
唯一この里で自給できないのが塩だ。大人の衆が時折里から出ていくが、暁はいつも留守番をしている。
大人の衆に入れてもらえてないということもあるが、それ以上に「里から出すとどこに行くかわらない」という総意らしい。
真竹が塩の量を加減していることから、また誰かが塩を求めに行くのだろう。
「真竹ー」
「だめ」
「俺まだ何も言ってない」
暁は口をとがらせた。
「塩のことでしょ? いつもの顔してたから」
暁はまだ子供でしょ、と真竹ははっきり拒否した。
暁は苦い顔で生煮えの芋を飲み下す。
「行ってもいいじゃん」
「あれは大人の衆の仕事でしょ。
遊びじゃないよ。
それに、暁が行こうものならどこに行くか……」
真竹までもがそう言う。
だが、暁は皆が思っているほど無計画ではない。
この里では、翼が生えそろうと刀がもらえる。狩りや作業で使うものだ。
翼が生えそろうということは、呪力も安定し、多少なりとも飛ぶことができるようになるということだ。
また、刀をもらうと小屋を建てたり、婚姻することが多い。
暁は、丁度その境で飛び出すつもりだ。
そのそぶりを見せていないからか、皆が「里の外に連れ出したら戻ってこない」と思い込んでいる。
暁は椀の中を干すと、ため息を吐いた。
真竹はそれを諦めたと取ったらしく、かすかに頷いた。
食事を続けるうちに、ぱらぱらと雨が降り始める音が響くようになった。

あと一月もすれば、この雨は氷雨になるか。
そろそろ冬の準備の季節が始まるだろうか。
また、里がよりいっそう閉ざされる。
暁は椀を置くと、膝を抱えた。