彼岸花の咲く川で

12.陛下のはなし 02
「陛下」
灯月が席から立ち上がって、入ってきた黒い影に一礼した。
澪実も慌ててそれにならう。

最初は影に見えたその人物は、黒髪に黒のドレス姿の少女だった。
いや、少女というには、あどけなさが足りないか。
端正な顔には愛想もあどけなさもない。最初から動くことのない人形の顔のように、まったくの無表情が張り付いている。
髪に刺している彼岸花だけが、妙に赤かった。
ふと澪実の脳裏に、先代の姿がよぎった。
確かに似ている。
その影がいつの間にか澪実の正面にいた。
「お前が澪実か」
「……あ、はいっ」
「人の子、起きろ。邪魔だ」
陛下は人の子を一瞥してそういった。
人の子は面倒くさそうに場所を空ける。

「さて……暁の様子はどうだった」
陛下はゆったりと腰を掛けると、ただそう訊いてきた。
俺はできるだけ暁の様子や状況を詳細に答える。
陛下は目を閉じてうんともすんとも言わない。聞いてはいるだろうが、何を考えているのかさっぱりわからない。
「それから、彼から手紙が」
「……ほう。それがこの鳥という訳か」
いつしか陛下の膝に載っていた鳥がくるくると首を回す。いつのまに人の子から離れたのか。
鳥から文を取り上げると、それを黙して陛下は読む。
もともと口数は多くないのか。
そういえば、先代も取り立てられたときに無口な印象を受けた。
ふと、陛下が眉を寄せた。
黙したまま目を閉じて何か考え出す。
その間、人の子があくびをして、本を棚に戻しに行った。
「灯月、妖音はいつ戻ってくる」
「私が知る由もありません。本人だってわかってない様子ですから」
「そうか――そうだな」
それなら今度戻ってきたときに私のところに来いと伝えろ、と陛下が言った。
もしかして、何かあったのだろうか。あの手紙の中に。

「…………やはりもう、野放しにしておくことはできないか」
陛下がひそやかに言ったその言葉に、人の子が首を傾げていた。