彼岸花の咲く川で

11.帰還のはなし 02
それにしても温泉があるなんて思わなかった。

澪実は湯船につかりながらそんなことを思った。
人の子が反対側で髪までざぶざぶと洗っている。
誰にも怒られないのだから、澪実もやろうかと頭に手をやった。べたついている。
後ろでがたりと戸の開く音がしたので振り返ると、卓が立っていた。
「そこに着替えと手ぬぐい置いとくから、それ使えよ」
そういうと、卓はすたすたと行ってしまった。

まあ、男の風呂になんか興味は湧きようがないよな。
澪実はうなずき、顔を洗った。
と、そこに湯が掛けられる。人の子の仕業か。
顔を上げた瞬間にもう一度。
人の子の顔は笑っている。
「お前な」
やり返すなよと思いながら、澪実はきっちり2回やり返す。
ばしゃばしゃと水音を立てて人の子がまたやり返してくる。

そういえば人の子は5つかそこらで彼岸に来たんだったか。そう思うとあまりこうやって遊ぶ機会自体がなかったのか。
そのことに気が付いた瞬間、ひときわ大きく湯をぶっかけられた。
「お前なぁっぶっは……」
喋ってる最中にかける奴があるか。
しょっぱい湯だ。
人の子は楽しそうに笑ってる。そしてまた湯を掛けてきた。
ああもう、仕様のない奴。
澪実はぐったりと岩にもたれる。

耳に湯が入って、人の子の笑い声がぼやけた。