彼岸花の咲く川で

11.帰還のはなし 01
「お前らなんで濡れ鼠になってんの? ああ、川に落ちたのか」
「んなわけあるか」
澪実は卓を睨んだ。
あの川に落ちようものなら今頃ここにいない。
「それにしても酷いな。しかも汗臭い。お前本当に仕事してきたのか」
「疑うくらいならお前が行ってみろ」
卓は「嫌だ」とにべもなく突っぱねた。
そして頭のてっぺんからつま先までじろじろ眺めてため息を吐いた。
「……さすがに上司の場にこれはまずいか。見た目も憐れ極まりないし、二人とも風呂入ってこい」
「やった。サンキュー卓」

澪実は呆れた。風呂に入れって、あっさりと。
「ここ、風呂あるのか……特権階級はいいな」
「実際使うことはまれだけどな。温泉が湧いてるのを引いてきて流してるだけの状態だからな……多少熱いが文句は言うなよ」
卓はそういって役所の中に入っていった。
煮えたぎった熱湯でなければ文句は言うまい。



「おー! 本物の温泉!! ぱちもんじゃねえ!!」
石で組まれた半分露天の温泉に俺は手を突いた。
少し熱いが、これなら煮られる気分にはなるまい。
「あ、でも服どうすんだこれ」
汗だくのずぶ濡れ。洗わないと汗臭さはとれまい。それにすぐに乾くわけもない。
「とりあえず貸してやる。つーかさっさと入れ、汗臭くてたまらん」
しっしと卓は戸口のところから手を払う。
言われなくても汗臭いことは自分が一番わかってる。何度も言うな。
澪実は憤然とコートを投げ捨てた。