彼岸花の咲く川で

10.帰途のはなし 04
「お前少しは人のことを慮る気はないのかよ」
「ないね。慮られたこともないし」

30分ほど寝たら人の子はむっくり起き上がって「帰る」と言い出した。
澪実は15分うつらうつらした程度で、寝た気がしない。
「まったくさあ……」
澪実は重い頭で意味もないぼやきをいいながら舟に乗り込んだ。

これから川の遡上だが、これがなかなか辛い。
いくら流れが緩いとは言っても、竿一本で上流目指すのだ。
ということで今回は、卓から秘密兵器を借りてきた。
「舟守だったらモータースクリューなんぞに頼らず戻ってみせろよな」
手伝う気がさらさらないらしい人の子は、腰を下ろしたきりだ。
あんまり好き放題なので澪実はちょっと言い返すことにした。
「お前がいなかったら手漕ぎだったかもな」
「何言ってんの。俺が乗るより先にあったじゃん、それ」

まったくその通りでございますね、ええ。
澪実はもう投げやりに口を閉ざした。

モーターが動きはじめ、馴染みのない振動が舟を揺らす。
ゆっくりと舟が流れに逆らい始める。
「…………ところでこれ、どうやって方向の調整するんだ?」
「自由に動かせる部分とかないの?」
人の子は口をへの字に結んで、モーターを見た。
澪実もモーターに向き合う。
動かせ……るのか?
「…………わからん。お前は?」
「知るか!!」
「あ、でもほら、いざとなったら竿で方向を……」
「澪実、前見ろ前。砂洲だ」
澪実はとっさに竿をひっつかんだ。長年扱ってきたこともあって、やはり使うならこれだ。
人の子はのんびりと霧の流れを眺めながら、髪をなびかせている。
俺は障害が少ない場所を選んで竿を操った。
人の子がふと、髪を梳いた。
「なあ、澪実さ……こんだけ霧の中突っ切ってるとさ」
「ああ、寒いな。頭」

霧でびしょ濡れ。
くしゃみをひとつ。
これは風邪を引く、そう思った。