彼岸花の咲く川で
10.帰途のはなし 03「この子は変わらないねえ」
般若は人の子の様子をみておおらかに笑った。
澪実は返事に困り、頭をかく。
「ええと君は」
「あ、舟守の澪実です。今回はお使いで」
「禁域まで行ってきたのかい」
そりゃご苦労なこった、と般若は笑う。
「般若さんは?」
「アタシは黒縄の者だ。今は休みでね」
そういって長い黒髪を風にさらしている。
禁域以外の7地獄は暑い。涼みに来た、ということか。
確かにここは谷間から風が吹き上がってきて涼しい。
澪実はあくびをかみ殺す。眠い。
「そういえば光は元気かい? 最近見かけないんだが」
「光……って、あの、女装の」
「その女装の光」
「元気ですよ。行き道に捕まって」
捕まって、エネルギーを持って行かれた。
それを聞いた般若はさらに笑った。
ひとしきり笑うと、般若は面を付け直し始めた。
「さて……アタシはそろそろ仕事だ。人の子が落ちないように気を付けていておくれ。瓢箪は捨てても持って行ってもかまわないよ」
石突でがつりと地面と叩く。
黒縄勤めということは、あの薙刀で縄をぶった切ることもあるのだろうか。
……いや、考えるのは止そう。
澪実だって仕込み刀があるから人のことは言えない。
かつんかつんと般若が遠ざかるのを聞きながら、澪実は再びあくびをした。
俺も少し寝るか。