彼岸花の咲く川で
10.帰途のはなし 02「んー? お二人さん、禁域帰りかい?」
「……般若」
「へ?」
何処も見ていなかった澪実は、女の声と人の子の声でやっと視線を巡らせた。
そこにぬっと薙刀を手にした能面が現れた。
面のくりぬかれた目のふちが、金色に鈍く輝き、本体の表情を消していた。
「人の子じゃないか。禁域帰りの一服かい?」
「一服というには、何もないけどね」
人の子が、どこかかすれた声で返事をした。
「ねえ般若、水くれない? のど乾いた」
般若、と呼ばれた女と思わしき人物は、軽く肩をすくめた。
「まあ、いいだろう。まだここで寝ているつもりなのかい?」
「うん」
「わかった、こちらに持って来よう」
般若が薙刀の石突で地面を軽く突いて、くるりと背を向けた。
それを見送り、澪実はやっと上体を起こした。
「あれ、誰?」
「等活地獄の女獄吏。職務中はあの面とつけてるから、みんなに『般若』って呼ばれてる」
「……こっち側の奴で、女って久々に見た」
絶対数が少ないからね、と人の子は答えた。
少しすると、石突を突く音が近づいてくる。
右手に薙刀なのは変わらないが、面は横にずらさせ、左肩には大きな瓢箪が二つひっかけられている。
あだっぽい顔立ちの女だが、目にある光がどこか冷たい。
やっぱりこちらの者は皆、そのあたりはおなじらしい。
「ほら、これでいいかい?」
そういって般若に渡された瓢箪は、実際のところかなり大きかった。
人の子はそれを、礼も言わずに栓を引っこ抜いて煽った。
澪実も一言礼を言ってから、口を付けた。
水はひどくぬるい。
それでも脱水症状一歩手前の澪実は構わず飲んだ。
「はー…………」
体が楽になる。
かろんと音がして目をむけると、人の子が再び寝そべっていた。瓢箪は投げ出されている。
「まさか、全部飲んでしまったのかい?」
「うん――」
「まったく」
澪実は苦笑しながら瓢箪に栓をした。
水分補給で体は楽になったが、かえって疲労感が襲ってきた。
…………激しくまずい気がする。
せめて自分の舟に戻ってから、そう思ったとき、人の子が大きく欠伸をした。
「寝る」
「え……人の子待て、寝るな。置いて行くぞ」
「駄目。置いて行ったら永劫呪ってやる」
人の子はそう言い放つと、寝息をたてはじめた。
俺のことも考えろよ。