彼岸花の咲く川で

10.帰途のはなし 01
「あつい……」

禁域から出て10分足らず。澪実は早くも音を上げた。
真冬が突然梅雨になったほどの気温と湿度の差が体を襲っていた。
しかも、帰り道は上り坂。
澪実だけでなく、数歩先の人の子も、すでに二度三度と汗をぬぐっていた。
「あそこ行った帰りはいつもこうなんだよな」
脱水症状になりそう、と人の子はうんざりした声で呟きを漏らした。
そこから先は、二人とも口をつぐんだ。本格的に階段を上りきることに専念した。
行き道はあれほど寒いと思っていたのに。
階段が終わると、さらに暑くて不快に感じるのか、それとも体が慣れるのか。

その前に脱水症状と気温変化でそれどころじゃなくなるかもしれない。
「それが……一番、ありうるな……」
すでにいろんなことがよくわからなくなっている。
あと3分の1、と人の子が息を吐いた。



「うあー……俺登り切ったよ……」
階段を上りきった直後、澪実は地面に体を投げ出した。
頭から滝のような汗をかいて、服はぐっしょり濡れているし、手足は階段を上り続けたことで鉛のように重かった。
人の子も悪態を吐く様子はなく、しばらく階段に足を投げ出していた。
「この階段一気に登ると、ホント、乳酸がたまる……あー水欲しい」
「どっかでもらえないのか」
「もらえるけど、もう少し歩かないといけない」
一番近い七地獄まで行って獄吏に頼む、と人の子が言った。
澪実も人の子も、しばらく動く気など起きなかった。
体から汗が引くまで、二人ともただただ風に体をさらしていた。