彼岸花の咲く川で

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暁と文目は、お使いを終えて禁域を去る二人を見送った。
氷の壁に二人が映らなくなると、文目はのんびりと口を開いた。
「ところで、あなたの言う『そのうち』とは、一体何百年後のことですか?」
「うん?」

暁はひらりと身を翻し、椅子に腰かけた。
「そのうちは、そのうちだよ。俺にだって、現状が進展するか否かわからない。明日飛び出すことになるか、1年後か、百年後か……その日が来なければ、それに越したことはないんだけど」
「ですが今の状況では、可能性はあるのでしょう? あなたはそれでもここから動かない」
動かないよ、と暁は答えた。

その瞳に宿る光は、この禁じられた永久凍土の園に来たときと変わらない。
川を越えて二千年余、王族以外で唯一理性の光を消したことのない目。

「化け物ですねぇ」
「……それはどちらに言っているのか判断に困るな」
暁は苦笑する。その表情はあくまで明るく、今回もまた、翳りも狂気も孕まない。

「…………あなたは再び災厄が訪れることだけは、確信して翻さない」
「うん、それだけは言える。『大禍』は必ず再来するよ」
「その日のために、あなたは何が何でも消えることはできないのですね」

一人納得した様子の文目を、暁が一瞥した。
「それは違う」
「おや?」
「別にその日が来たとき、私はいなくてもいい。けれど、後継者が育つまでは俺は此処から動けない」
「後継者……」

文目はしばらく黙然と思考にふけり、ふと一つの事柄を思い出した。
「だから、彼に干渉して、憐れにも見捨てれられ子を生みだしたというのですか? 血も涙もない所業ですねぇ」
十余年前。彼がこの彼岸に生まれた日。
あの瞬間だけ、この男はこの地にいなかった。

「……育てばいいですねぇ、後継者」
「…………」
暁はしばらく足元の面をつつき、口を結んでいたが、やがて立ち上がった。

「……そうだね」