彼岸花の咲く川で
9.文目のはなし 03がりがりと、目の前でそれを彫り始めた。
何をする気だ。
目的が読めず、澪実は成り行きを見守る。
人の子が「始まった」と呟いた。
「え、何?」
「顔の模型。一人一人顔が違うから、あった人の模型作ると幅が広がるんだと」
「それじゃあ何、俺の顔であんなの作るの?」
人の子は静かにうなずいた。
「探せばそこらへんに転がってるんじゃないのか? 俺のも」
「若子さんのは面になってますよ。随分前の顔ですけれど」
「……そうかい」
文目はそう口をはさみながらも、手は早かった。
あっという間に顔の形を作ってしまうと、鼻、口、目と似せていく。
目の前で自分の顔が作られていくのは何とも言えない光景だ。
そう人の子にぼそりといった。
「うっかり手が滑って目元にざく、ってなったら何とも言えない、何て言ってらんないから」
「嫌なこと言うなお前」
「そうですよ、嫌なこと言いますねぇ……わたしがそんな手を滑らせてなんて……怪我をするでしょう」
嫌なのは模型に傷がつくことでも失敗することでもないようだ。
それを言うと、文目は「私が面を彫るのに失敗するわけないでしょう」と自信ありげに言う。
「さて、こんなものですかねぇ」
文目が木屑を払いのけ、澪実の顔の模型を満足げに眺めた。
そして一言、
「澪実さん、特徴のない顔されてますねぇ」
「…………。なあ、俺は何て返事したらいいんだ」
人の子は返事をしなかった。無視しろということかもしれない。
文目は気にした様子もなく、いそいそと棚に並べる。
そしてふと、視線を巡らせる。
「おや、暁さんじゃないですか。今日はお早いお越しですねぇ」