彼岸花の咲く川で

6.入口のはなし 01
「通行証を」
門の影からぬうっと出てきた牛頭が俺の舟に手を差し出した。
陛下から預かった辞令を開いて見せると、牛頭は無言で影の中に戻った。
何となく気味が悪くなって、俺は腕をさすった。鳥肌が立っている。
光はああいった連中をからかっているのだろうか。
澪実は何となく寒いものを覚えた。
ちらりと人の子を振り返ると、あらぬ方を向いている。
「さて、と。どうしたらいい?」
俺の問いかけに、やっと人の子は振り返った。
「そこらへんに石で造った舟着き場があるから、そこに舟は止めて歩き」
「え、水あるのに舟使わないの?」
「ここから先は湯が出てたり、得体のしれないもの流れてたり。見回り用のサメも泳いでるし、電気ナマズの稚魚も放し飼いだから危険」
「……サメって見回るの?」
牛頭や馬頭のような役割を果たすとは思えない。
「いれば逃げ出すのはいない」
「と、ナマズって」
俺は人の子の言う舟着き場を探しながら疑問を次々上げていく。
「ここの熱は地熱と電気ナマズの発電で補ってる。最近は電化製品を取り入れ始めたみたいでさ。――あれ、船着き場」
「ん、ああ」
竿を操り、俺は舟を接岸させた。
「例の、文明の利器か?」
「あれが文明の利器?あのレベルで?――ふん」
人の子は冷たく鼻を鳴らした。悪かったな、時代が違って。
人の子が着き場に飛ぶ。その反動で舟が大きく揺れた。



担当者に舟を預けて河原を歩くと、嫌な臭気と熱が気になり始めた。
鉄さび臭い、この匂いは――
「血……?」
「あと間欠泉から噴き出すガス、硫黄がでるところもあるんじゃなかったかな」
どうりで鼻につく臭気がするはずだ。
「まあ、真水が出るところも結構多いけど――ああ、餓鬼だ」
人の子はひとりそう言うと、俺を置いてさっさと先へ行ってしまった。
「お、おい、待てよ!」
俺もダッシュで追う。
「あ、子供ー。久しぶりー。そっちは誰?光じゃないな」
河原に鬼が座っていた。不良座りで、目の前には焚火。ピラニアを焼いている。明らかに飢えてはいない。

飢えていない餓鬼……。

鬼――餓鬼は初めて見たが、随分とまあご気楽な身分だ。
「澪実っていう、上流の舟守で、今は閻魔王のお使い」
人の子は慣れた風に餓鬼の隣に腰を下ろした。餓鬼と違って、品がある。
「澪実も座ったら」
「ああ、いや……」
俺は餓鬼が手に持っている器が気になる。加えて言うなら、ピラニアをさしている棒は箸のような気がしてならないんだが。
「それ、何?」
「それ?」
「これ?」
人の子が首を傾げて、餓鬼が器を指差した。
「カップうどん」
「はぁ?」
「蕎麦って、細く長く、って言われるだろう?」
人の子が話の流れを無視して、俺に向かってそう言った。
「ん?……ああ」
「だからこいつはうどんのように太く短く、ここでの悪縁とは長いおつきあいをしたくない――だよな」
餓鬼はひとつ頷くと、その器を火の中に投げ込んだ。
その手は焼けたピラニアをとった。やっぱり箸だ。
かぶりついてあっちっちだの言っている姿は、滑稽を通り越して奇妙だ。
「子供も食う?」
「いらない。澪実が食べたら?」
「いや……それピラニアじゃないのか」
餓鬼が頷いた。
「だってここで釣れるのなんてピラニアしかいないし。――ああ、たまに大物が釣れるよ。サメ」
さすがにおっかなくて逃げるんだけど。餓鬼はそう言ってけらけら笑った。

「なんか……俺の想像してた地獄とは全然違う……」
「そりゃそうだ。ここは入口であって地獄じゃないからな」