彼岸花の咲く川で

5.人の子のはなし 02
「あ、いたいたー。ボクー、久し振りぃー」
ボク、と呼ばれた人の子は微かに表情をゆがめた。
「何だよ」
光どころか、久し振りに会った俺に挨拶もないことは変わらなかった。
確かに、背が伸びたか。顔立ちからも幼さが抜けた。
むしろ鋭さが印象的な顔である。それが無表情というか仏頂面なので印象の悪さに拍車がかかっている。
「聞いて聞いてー。こいつがねー、今度こっちに飛ばされて」
「飛ばされてない。視察するように辞令が下りたんです」
「これから最悪の地獄で獄の獄たる無間地獄いくのよー。かわいそー」
「かわいそうって何ですか!!」
「ならさっさと行け」
人の子はばっさりと切り捨てた。
「こんなところで油売ってる暇あんの?下っ端のくせに。同僚のために寸暇を惜しんで任務を遂行し、一刻も早く通常業務に戻るべきじゃないのか」
厭味皮肉ですらない人の子の強烈な物言いは俺を狙い澄まして刺さった。
これでも人の子はいつも通りだ。特別機嫌が悪いということではない。
「まずは光に言えよ。光がいなかったらまっすぐ視察に行ったさ」
「じゃあなんで振りほどいて突き飛ばしてでもいかない」
「それは……」
後が怖いから。振りほどこうとしてうっかり骨折も免れたい。
俺の表情からそれを読みとったのか、人の子は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「で、ここ5日ばかりサボってる方はそろそろ6日目に突入するけど」
「あ、ホント?残念。じゃああたし行くね~?」
さっさと行け、とばかりに人の子は手で追い払う。
「……じゃあ俺も行くわ」

「待て、行く」
背中を向けかけた俺は、人の子に服を引っ張られてつんのめった。
「何だ?」
「行ったこともない奴が地獄歩いて間欠泉食らうのは目に見えてる」
相変わらず物言いは酷いが、先導役がいるのは俺にとってもありがたい。
つんととりすました横顔が何だか可笑しかった。