彼岸花の咲く川で

5.人の子のはなし 01
ぐいぐいひかれて俺は川をさらに下った。
こうやって強引に引きずられているとき、澪実はしみじみと「ああ、こいつは女じゃねぇ」と思う。
あとになってつかまれた部分に手の跡がハッキリ残るだけの握力は、澪実にとっては男以外の何物でもない。
その、男以外何物でもない先輩に引きずられている状況が、なんとも情けなかった。



彼岸には、ひとり、変わり種がいる。
生きるものにして此岸にあらず、彼岸にありて死者にあらず。
誰がそういったのかは藪蛇だが、その言葉の通りの奴が彼岸の川辺をうろうろとしている。
彼の発見者は光で、下流域から役所に連れてくるにあたって澪実も顔を合わせた。
今は人の子、と呼ばれている。――名前がないのだ。
その名前のない少年は、比較的どこでも出没するが、最下流域近辺を拠点としているらしい。

「あいつ、元気ですか?」
「元気かなぁ?覇気がないからなんとも言えないけど。まあ悪いところはないんじゃない?」
今はもう、下流域の渡し場を通り過ぎ、流れがゆるすぎて澱のようになっているあたりだ。
「こんなところにいるのか?それこそカビが生える」
「本人の趣味よ。悪くないと思うけど?」
下流域の住人は、俺には理解できそうにない。別に理解したいとも思ってないが。
「最後に会ってから何年くらいたった?」
「5,6年くらいのですかね」
「うふふ、じゃあ見て驚きなさい。かっこいい男の子よ。あんたなんか5年もすれば抜かれるかもしれないわ」
「はいはい。どうでもいいから『うふふ』とかどうなんですかね」
一応抗議したが、風変わりな先輩は俺の発言なんか聞いちゃいなかった。