彼岸花の咲く川で
2.澪実のはなし弐 03救命艇の中は寝静まっている。
団体人数が多くてこれだけ静かだと不気味だ。寝言の一つも聞こえない。
「寝ているうちに」
団体監督官が呟くと、だれもが一言もなく作業にかかる。
ロープで救命艇を連結し、連結部には両側から一人ずつ船頭がつく。
俺は最後の連結部についた。
恐慌がおこりやすい団体にしては珍しく、粛々と仕事が進む。
――ある意味こっちの方が本来の仕事なのかもな。
普段の仕事があまりにもイレギュラーになりすぎている。特に最近では。
ピラニア案を導入したころから段々と仕事場にシャレにならない物が持ち込まれるようになった。
人間が潔く死ななくなったことが原因だ。
今の人間は、死は自分とは縁が遠いものだと思っている。本当は一秒先に待ち構えていても。
俺が死んだころは自分の信じていた価値観の違いのショックはあったが、死の受け入れはあっさりしていた。
「おい澪実、ボサッとすんな」
「あ、すんません。つい」
ダメだな、そろそろ俺もヤキが回ってきたっぽい。
静かな川下りはまだ途中だ。