彼岸花の咲く川で

2.澪実のはなし弐 02
「澪実ーっ、てめぇ遅ぇぞ!!頭かち割られたいか!」
「うわすんません!」

――抜かった。まさか上官にも応援要請が来ていたなんて。
ってか上流監督が持ち場離れて応援要請とか反則だろ!?
とか心の中で叫ぶ。言ったら本当に頭を割られる。
「今日はどれくらい……?」
返答なしを覚悟の上でお伺いを立てる。
「5艇だ」
怒鳴っておきながら、意外と機嫌はいいようだ。
それにしても……
「5艇って多くないっすか?」
「多い。多すぎる。おおよそ大型客船が転覆したんだろう」
まあ地震じゃないだけイイ、と上官は言った。
地震が起こったときは川を渡すには多すぎる死者が来るので鬼門を開くことがある。
鬼門を開いたら応援要請の比ではない。
西日本の震災のときがそうだった。思い出したくもないが。
「澪実ー、そろそろ救命艇回収にいくぞー」
「あ、はい」



どうつながっているのかは内緒だが、海での死亡者は船頭が回収に行く。
知りたいって?
機密だから聞かないで。言ったら刺客送られるから。上官とか上官とか上官とか。
とりあえず船団を組んで三途の川を遡る。
団体監督官が舟歌を歌いだす。
もしかして救命艇を曳きながら歌う気だろうか。体力あるなあ、まだ先は長いのに。
そうこうしているうちに彼岸に咲き乱れる赤い彼岸花が遠くなる。どうやら回収域に入ったようだ。
「まだ来ていないのか?」
霧がいくら濃いと言っても、舟影くらいはわかるし、彼岸から死者が来ていると、此岸側から引っ切りなしに風が吹いてわかる。
だが、どちらもない。
一人斥候に出ていく。
……やがて

ざああ……

「…………」
「…………」
「…………来たようだな」
「…………そうみたいですね」

此岸から風が吹いた。