夢殿

静観者 04
「おねえさん……」
アスファルトの上に寝そべった私の顔を、彼がハンカチでぬぐった。
やたら頬や口の周りをぬぐわれる。
何気なくそのあたりに手をやったら、血でぬれた。
鼻血だ。そう言えは少し息苦しい。
「だめだよ……。やり過ぎだ」

確かにここはそういう場所だよ。
でもね、ここでの怪我は本物だ。
ここで取り返しのつかないことになったら、助けられないんだ。
唯一つの身体なんだから大切にしないと、辛いのはおねえさんなんだよ。
帰れなくなってからじゃ遅いんだよ。
来るんだったら、せめてちゃんと怪我が治ってからだよ。
お願いだから。

彼は何故か泣きそうな顔をしていた。
なんで泣きそうな顔をするんだろう。それがよくわからない。
「しばらく来たらだめだよ」
「……どうして」
「今日の転がり方見てたら、折りそうで」
「折れてもいい」
「そう言うと思った。――しばらく来れないようにするよ」

……え?
急速に意識が霞んでいく。
腕を持ち上げる。掴んだのは虚空。
そこにいたはずなのに。
明るいところから暗い所へ。そして暗いところから、明るい所へ。



部屋だった。
ベッドに寝ている。
顔を触ると、さっきされた手当があった。
身体を起こすと、背中が鈍く痛んだ。
「……夢?」
そんなわけない。夢だったらこんなに怪我が残るわけがない。
でも、あれじゃあ夢だ。
わからない。わかりそうでわからない。
転がった先にあるものが見えないみたいだ。
私はぐしゃぐしゃの髪をひっかきまわした。
ああ、起きなきゃ。
もそもそと布団を蹴った。