夢殿

静観者 02
小さい頃は、世界が一回転した後に何かが見えた気がしたんだ。
だから、三半規官が馬鹿になるまででんぐり返しをした。
きっとそれは、幼稚園にいたころに始まるはなし。
でもそれじゃあ見たいものが見えなくて、私は方法を変えた。
小学校に通いはじめて、鉄棒を覚えたから。
それで、手に力が入らなくなるまで回り続けた。
前転しても、逆上がりしても、最後には鉄棒からずり落ちた。
何だか、前よりも見えなくなったような気がした。
何でだろう。
不思議で、小学校高学年からしばらく、ずっと考えていた。
たまに、考えていることが分からなくなると、また延々回った。
そうすると、何となく見えそうな気がした。
でも、まだ見えない。
だから、中学校の修学旅行で遊園地に行ったときは、ぐるぐる回るジェットコースターに3回連続で乗った。
乗りながら、必死に考えた。
そしたら、3回目に降りた時に気持ち悪くなって、吐いた。
結局そのときは何も見えなかった。
ジェットコースターじゃあ、見たいものは見えないということだけは何となくわかった。
自分でどうにか回転しなくちゃいけないんだ、と何となくそう思うようになった。

でも、ずっと自力で転がっていくのは、ちょっと、辛い。
坂の上から転がっていったらいいかもしれないと、受験期に思った。
だから進学する高校は、坂のある通学路を選んだ。
だけど、それは大失敗だった。
通学路にある坂は、凄く交通量の多い道と交差点。
夜になっても交通量が減らないから、今の一度だって転がれたことがない。
ずっとずっと転がっていくことが出来ないから。

それに比べて、この坂は完璧だ。

長くて、人も車もいなくて、交差点は坂を下りきってずっと先だ。
だから、行こうと思ったのに。



目の前にいる少年は、私の目をじっと見てきた。
制服――見た事のない制服だ。
少し幼さの残った顔立ちをしている。でも私より背は高い。
おねえさん、と彼は言った。
「だめだよ。走ってあの坂に向かったら、身体が持たない」
「行かせてよ……」
だめだよ、と彼はもう一度言った。

「行かせて、行かせて!」
振り払った。真摯な声も何もかも。
一歩先の坂に、勢いよく踏み込む。
「おねえさん!」

彼の声を聞いた直後、膝が崩れた。
転がって行く。

行っちゃえ、行けるところまで。
――そうすれば、何か見える気がするんだ。