夢殿

侵蝕屋 04
「あんた朝からかきこんで……何やってんの?」
「ぼーっとしてたら、朝ごはん食べそびれた」
「ダサい」

ミーが率直に言った。わたしだってダサいと思っている。
「そうそ、あの女さ、今日も遅刻して秋山に呼び出されたらしいよ」
「また?もう10回近いんじゃない?」
「8回くらいじゃなかった? ザマぁないわね」
ミーの笑顔がいやに黒い。
そうだ。私は口に入れたサンドイッチを飲み下した。
「今日変な夢見てさ」
「何?お釈迦さまがバスの運転でもしてた?」
それはミーの父親が見たとかいう夢だ。
「なんか暗いところに立っててさ。まあ明かりがある方に歩いて行ったら、建物があったのね。ちょうどそれを確認できるくらい近づいたら、男の人が出てきて、何かよくわからないことを言うっていう夢」
「その人格好よかった?」
「そこ!?」
「……じゃあ、その言ってた変なことって何?」
このイケメン好きめ。
「しんしょくや、とか。願いを叶えましょうか、とか。あとはよくわからないこと」
「その願いって何よ」
「分かんない」

それが大事じゃない、とミーは残念そうに言った。
「あと、そのよくわからないってこと」
「小難しくて一発で暗記できなかったわよ」
「あー、そこかあ」
ミーはしばらく髪をひっかきまわしていたが、その手をふと止めた。
「それ聞いたことある」
「え?」
「都市伝説」
「本気?」
本気本気、とミーは頷いた。
「確かレイが言ってたんじゃなかったっけ?あとで詳細聞いてみなよ」
「……うん」



「ああ、うん。その話ならあるよ」
レイは話を聞くなり頷いた。
雑学に詳しいというか、生き字引的なところがあるレイはこういう事に詳しい。
「ここは現世に在らずして心に扉有りし世界。生と死とともにありながら不可侵の夢。とか言ってなかった」
「言ってたかもしれない」
「それね、10年くらい前に隣町で派手に流れた都市伝説。喧嘩して絶交して『呪ってやる』って言った子が、逆に絶交された子に願われて死んだとかいう、ね」
真偽のほどはわからないけど。
レイはそう言うと、しきりに感心したように頷いた。
「そうか……。知らなかったあんたが夢で見たってことは、それ本当かもしれないわね」
「ちょっと、レイ」
あんたね、と言いかけたところで、邪魔者が入ってきた。

「レイちゃ~ん、何話してるの~?あたしにも教えてぇ」
「願い人が恨む人を殺す呪い屋の話」
「ええ~、何それ怖ぁい。何でそんな話してたのぉ?」
「こちらさんが夢で見たらしく」
レイは顎をしゃくって私をしめした。やめてよ、私に話を振るな。
「え~、誰呪ったのぉ?秋山とかぁ?」
何で私が秋山を呪わないといけないんだ。私はレイたちに「昼ごはん食べよ」と言った。
あの女は不満そうに唇を尖らせた。

「呪うならあいつよね」
いつの間にか隣に立っていたミーが小声で言った。
マナが何とも言えない表情をして、ミーの袖を引いた。
「ああ、ごめんごめん。食べよ」
「でもさー、現に呪殺したいような人ってたまに居るわよね。そこまで行かなくても、こいつなら何かあってもいいや、みたいな」
「……うん。居るね」
珍しくノリが乗ってきた。
「あたし秋山ぁ~。たった5分遅刻しただけでいっつも職員室まで行かないといけないとかマヂウザーい」
あんたの喋り方がうざいと私は心の中で呟いた。
同じことを思ったのだろう、ノリやミーも冷たい視線をノリに向けた。
マナは自分に話が振られないように縮こまって弁当をつついている。少しだけマナに申し訳ないと思った。

そう――だから、こいつが居なくなれば全てが丸く収まる。
ミーは悪乗りして、あの女を脅しにかかっている。
つん、と私はあの女の視線を受け流した。救いの手など差し伸べてやるものか。

こいつが――いなければ。