ボクと私と空中都市
1.猫の街 11翌朝、メロウはレオの部屋を訪れた。
レオは何か作業中だったらしく、机の上で錬金の装置が動いている。
「何やってるの?」
「お茶沸かしてる」
「…………え?」
メロウはコートを渡すのも忘れ、錬金の装置を見た。確かに湧かされているお湯はお茶の色だ。
「で、何? コート?」
「あ、うん。返そうと思って」
「帽子かって来るまで持ってていいよ」
「え、いいの?」
メロウは首を傾げた。
「いいよ。だからさっさと買ってこい」
「あ、ありがとう……あ、じゃあさ」
メロウは足元ですり寄ってくるものを見た。
「この子預かっててくれない?」
「昨日の猫か?」
「うん。今帽子買ってくるから、お願い」
レオは髪をくしゃくしゃとかき回すと、ひとつ頷いた。それが分かったのか、子猫はレオのベッドに飛び乗って丸くなる。
レオはそれを一瞥すると、机に戻った。
メロウはレオのコートを羽織り、フードをかぶって通りに出る。
通りをしばらく歩き、店を開けたばかりの帽子屋を物色する。
すっぽりと頭が入る麦わら色の帽子がちょうどいい。色も地味で、あまり目立たない。
「おばあさん、これいくら?」
「半カリオだよ」
「はーい」
財布を取り出し、半カリオ貨幣を渡す。
「女の子だったらそんなフードかぶらずね、帽子でなくちゃ勿体ないからね。ほら、好きなリボンも持っていきな」
「え、本当? じゃあ緑がいい」
鮮やかな緑のリボンも帽子に付けてもらい、メロウは帽子を片手に宿屋に戻った。
「レオ君、帽子買ったよ。どう?」
「いいんじゃないの」
コートを渡しながらメロウは帽子をかぶって見せたが、レオは見ていない。
「レオ君見てないでしょう」
「君の帽子よりも、火を見てないと危ない」
メロウは口をとがらせると、仔猫が寄ってきて「にゃあ」と鳴いた。
「ちびちゃん、似合ってる?」
「みゃあ」
メロウは子猫を抱き上げると、ベッドに腰掛けた。
レオはお茶を片手に何やらまた始めている。
しばらくその後ろ姿を眺めていたが、手が開きそうにないのでメロウは部屋に戻った。
一緒に買ってきた新聞には、やはり昨日のことが取り上げられている。
「何か新しい事件起きて、ほとぼりが冷めてくれるといいんだけど」
子猫はのんびりと毛繕いを始めた。
「私、カッツェに戻れないかも」
「戻ればいいじゃん。まだ橋が繋がってるんだし」
「そうじゃなくて、あの騒ぎになっちゃったから」
「ああ」
レオについて買い出しに来たメロウはそうこぼした。
今日もまだ新聞屋がうろうろしている。3日目なのにまだ追いかけているらしい。
「別に戻る気になれば戻れるだろうけど」
「何かあったら嫌だもん」
「それだったらガミルに住めばいい」
「…………うん」
声が沈みこんだメロウを、レオが怪訝そうに振り返った。
「……なんだ」
「えっ……ううん。何でもないの」
メロウは首を振るが、その表情にはどこか陰がある。
レオは一つ首を傾げた。
その日の買い物は、いつもより早く切りあがった。