ボクと私と空中都市

1.猫の街 10
「何だあれは」
レオは人のいない路地で嫌そうに顔をしかめた。
「はぁ…………は、ぁ…………なんか、この前のカッツェでお師匠様やっつけた犯人探ししてるみたいで…………」
「ただで情報売って金儲けようって輩か」
「そんなところ」
「顔割れしたな…………」
レオはそう言いながら、コートを脱いだ。それをメロウに被せる。
「うん、多分……どうしたの?」
「ボクはフードで顔隠してたが、君は確実に顔割れしただろうからな。同じ宿にいる間に捕まると非常に迷惑だ。まずは逃げるぞ」
メロウはきょとんとレオを見た。
「何?」
「レオ君、思ったよりも優しいんだね」
「同じ宿にいるのに、逃げるまでにあそこで騒ぎになっても困る」
メロウは素直ではない言い分にくすりと笑った。
「あとレオ君、かわいい顔してるんだね」
「黙れ、見捨てるぞ」
レオはそう言うと路地を奥に向かって歩き出した。
コートを脱ぐといかにもかわいらしい少年と言った姿のレオをメロウは追う。
濃い緑青色の髪を、前髪だけ上で結んでいるのが可愛いのだが、レオは気づいていない。
「通りに出るぞ。しばらく下って、行き当たった階段で地下に潜るぞ」
メロウは頷く。通りを下る間が正念場か。
やはりこちらも新聞屋がうろついているが、先ほどの通りよりは少ない。
今度はぴったりつくのではなく、つかず離れずの距離で人に紛れて歩く。
むしろ今回、人ごみに紛れていたのはメロウであった。
レオは子供が歩いている程度の扱いで、新聞屋の隣を通り過ぎても見向きもしない。
コートにフードをかぶっている人はスラムでは多いせいか、メロウに注目する人もいなくなった。
「……この赤毛でみんな探してるのかな」
「多分ね」
人が空いて来たことで会話が出来る距離になったことで、メロウはそう言った。
「君の赤毛は目立つから。ボクは人の中に入っちゃうと隠れられるけど」
メインから離れた住宅街に歩く人は少ない。レオとメロウは自然と早足になった。
「それにしても、君のお仲間は薄情だね。情報を流したのはあそこにいた人間だろう?」
「多分……でも20層はけっこう人の出入りが激しいから……どうだろう。もともと新聞屋もいたし」
「いずれにしてもお仲間が売ったことに変わりはなさそうだね」
地下層に続く階段のある広場に入る。露店が多いせいか人がどっと増えるが、他の広場ほどではない。橋から遠いせいか。
階段は細めで、人気はない。
「12層まで?」
「いや、一度19層まで降りる。喫茶街だから新聞の最新号も入るし、ほとぼりが冷めるまで様子を見れる。12層を通る時にまずそうなら帰るけど」
「大丈夫なの?」
「君はカッツェの人間だ。逃げるとしたらガミルの地下より、カッツェの古巣と考えるのが普通だろう」
レオはそう言いながら、慎重に階段を下りる。傾斜が急だ。
12層に辿りつくと、レオは通りの様子をしばらく見て戻ってきた。
「このまま降りる」
「うん。19層?」
「ああ」
レオはとんとんと音を立ててさらに階段を下る。
途中新聞屋とすれ違ったが、全く何もなかった。
メロウは安心して19層に降りる
適当に通りを歩き、メロウはレオについていく。
しばらくすると、レオは流行っているのか流行っていないのか分からない店に入った。
「そこの角を右に曲がると外階段があるから、いざという時は走るよ」
「うん」
店員が寄ってきて、注文を取り始める。
「お茶と最新版の新聞置いてます?」
「置いてますが。お茶は何で?」
「水あめで」
メロウはフードをかぶったまま息をついた。
「これ、とっちゃだめ?」
「だめだ。その赤毛の三つ編み目立つだろ」
「…………あとで帽子買おう」
「それがいいだろうな」
代金を数えて渡し、レオはお茶に水あめを溶かし始めた。
最新版の新聞は1時間前の物で、早くもメロウとレオの写真が1枚載っている。
見出しは「エロ魔術師抹殺犯、見つけるもインタビューならず!」と大文字で1面だ。
「どいつもこいつも暇人だな」
レオは記事を一通り読み終えると、ぽいとメロウの方へ放った。メロウも新聞記事をかいつまんで読む。
写真に写っているメロウの赤毛は確かに目立っていた。顔が映っていないのが幸いか。
メロウはふと足元を見た。そこで茶トラの仔猫と目が合う。
にぃ、と小さな声で鳴くと、ひょいとメロウの膝に乗ってきた。
「わわ…………」
随分人慣れしている。どう見てもカッツェの街の猫だ。
「にゃぁ」
頭をメロウにこすりつけ、撫でろとせがんでくる。
「カッツェの猫か」
「うん。そうだと思う」
しばらくメロウが撫でると満足したのか、そのまま膝の上で丸くなる。
レオはポケットの中から地図を取り出し、ルーペでそれを読んでいる。
メロウは温くなってしまったお茶に口をつけた。
店内にかかっている時計が12時を指す。
オーダーが増えあわただしさが増した店内の雑談に、メロウたちの話題はない。



「ねえ、レオ君、レオ君って今までどこの街を旅してきたの?」
「陶芸の街とか、オリーヴの街あたりを3年くらいだけど」
「もともとどこの人なの?」
「鉄の街」
「え、地上都市?」
レオはひとつ頷いた。
「地上都市ってどんなところなの? 私カッツェと接した街しか知らなくて」
「カッツェは足が遅いからな。別に空中都市も地上都市も大して変わらない。街とは別に、鉱山街があっただけだ。魚や肉はもっと安いがな」
「生で食べれる?」
レオは緩く頷いた。
「いいなあ」
「よくはないぞ。あの街は喧嘩の街でも知られる。治安は悪い」
「なんで?」
「工夫が荒っぽいから酒場で暴れるんだ」
メロウはなるほどと納得する。
メロウはそのほかにもいろいろな街の話をねだった。
途中でお腹が空いて来たので、干し貝のスープと野菜のチーズ焼きを注文する。
「空中都市の料理は味気ないな」
「そうなの?」
「生まれが地上都市なせいでな」
「その割には固焼きパンばっかり買ってるじゃない」
「日持ちするんだ」
そう言っている間に、籠に盛られた固焼きパンが出てきた。スープを頼むとパンはついてくる。
澄んだ琥珀色のスープにさっそく固焼きパンを入れ、柔らかくなるのを待つ。
スープを吸って膨らんだパンをスプーンでつつき、二人で黙々と頬張る。
野菜のチーズ焼きは、冷めて食べれるころ合いになって二人で取り分けた。
雨が降ってきた、という声が通りから聞こえた。
「雨か……」
「少しは上の騒ぎ治まればいいね」
レオは返事をせずに、チーズを口に運んだ。



「はあ…………」
宿屋に戻ってきて、どちらともなくため息が出た。
やっと帰ってこれた、という気持ちの方が強い。
「あ、帽子……」
「明日にしろ」
レオはそう言うと、気だるそうに部屋に入っていった。
「あ、コート……」
返し忘れたコートは、メロウの手にある。
「…………後でいっか」
メロウはそう呟くと、部屋に入ってベッドに倒れ込んだ。
「うー……足が重い」
そう言ってベッドの上で寝がえりを打つうちに、いつしかメロウは眠りに落ちていた。