ボクと私と空中都市
1.猫の街 05「あっ、やっぱりいた!」
メロウはそう声を弾ませると一人の少年のところへ向かった。
フードの大きなコート、使い込まれたブーツ、頑丈そうな素材で作られた荷物入れ、そしてやたら小さい身長。
人が多いところでは隠れてしまうが、人がまばらだと特徴がはっきりしているので探しやすい。
なにより今日は、街開きが秒読みをしていた。
宿を取る旅人はだいたい街開き最初に移動する。その情報からメロウはここにやってきた。
「おはよう。早いのね」
早いというより、まだ早朝であたりは薄暗い。気温も低く、息は白くなる。
「はい、これ、ホットオレンジ」
まだ温かいうちに渡そうと、メロウは布に包んだそれを、少年に差し出した。
だが少年は、一瞥もくれずに街の影をにらんでいる。
「ねえ……」
「ウザいって言ったよね」
そのまま少年は押し黙る。
メロウも口をつぐんだ。
「ねえボク、何を目的にして旅してるの?」
「…………」
「錬金士だったら、古書と鉱山?」
「…………」
「あ、そうだ。お名前教えて?」
「…………君さ、しつこい」
少年は迷惑そうに顔をしかめた。
「一体、何のつもり」
「名前、教えてもらおうと思って」
教えてくれるまではずっとついて行くよ、とメロウは行った。
鐘が響く。空中楼閣が繋がるのだ。
「…………レオ」
「レオ君?」
レオは面倒臭そうに頷いた。
「で、もういいだろ」
「私も街開き行くよ? あれ、古の街でしょう? いろんな古い建物があるって言うじゃない」
「…………勝手にしろ」
レオがため息をついた。
人が動き始める。橋が繋がったのか。
まばらな人の流れに合わせて、レオが歩き始めた。メロウもそれを追う。
カッツェの橋はグレーだ。遠くに見える古の街の橋は白っぽく茶色い。
橋に足をかけると、ふわりと一瞬浮き上がる。
踏んだ感触は石畳とも木の床とも違って、堅く滑りにくい。
橋は長く中ほどで一度堕ちこんでから、空中楼閣までしばらく登る。
空中楼閣に辿りつくと、跳ね橋をまたいでまた逆戻りだ。
古の街が少し低めなので、楽になる。
吹きさらしの橋の上を風が横切っていく。
「古の街ってどんなところなんだろ」
誰にともなくメロウは呟いた。
リオちらりとメロウを一瞥する。
「……ガミル、通称古の街。現存都市の中で3番目に古く、都市の規模としては2番目に大きい。地上25層地下68層で、地上層は丘陵上で傾斜は緩い。たしかカッツェの倍の大きさだったか。市街の特徴としては白っぽい赤茶の砂岩の石畳と赤レンガの建造物。広場に面した図書館や時計台はゴシック建築。地下は迷宮の趣のある掘り込み式で壁が厚く柱は太い。装丁や装飾、革製品の加工が主力産業な他、楽器もいいものが作られている。あと外階段が多いから移動の際には注意が必要」
「詳しいんだね」
「本を読めば書いてある」
リオはそう言うと、空中楼閣を踏んだ。壁にはカッツェのシルエットと地上下層の階層数や、街のマークが記されてある。カッツェは猫だ。
跳ね橋を渡れば、古の街ガミルだ。
板をとんとんと踏み、赤レンガの空中楼閣に入る。
カッツェの建物とは違う雰囲気で、メロウはきょろきょろと中を見た。
白く漆喰で固められた壁にはガミルの情報が記されていた。
先ほどリオが説明した通り、地上25層に地下68層。都市成立年と、翼を広げた形のマーク。
「ねえ、レオ君はガミルに来たことはあるの?」
「ないが、どうした」
どこか鬱陶しそうにレオが答える。
「いや、観光スポットはどこかな―、と思って」
「地上層でも見て回れよ……」
レオは迷惑そうに顔をしかめる。
それにめげる様子もなく、メロウはレオに話しかける。
「そうだ、レオ君は部屋取るんでしょ? 私も部屋取りたいから同じ所でとりたい」
「は……?」
ついにレオが足を止めて、メロウをまじまじと――胡乱げに見た。
「古の街観光するのに、いちいち橋渡るの面倒じゃん」
「……一人で探せよ」
「宿探したことないから分からないもん」
「…………勝手にしろ」
続いて、レオは大きくため息をついた。
歩きながら緩く首を振り、諦めた表情を見せる。
そうこうしているうちに、橋を渡り終えた。
しっかりとした地面に、橋を渡り終えた人々は一様に安堵の色を浮かべている。メロウも無意識に大きく息を吐いた。
その様子に見向きもせず、レオは早歩きに広場の外へ向かい始めた。
メロウが慌てて追う。
「そ、そんなに急がなくても……」
「旅慣れしてる連中は休む間もなく宿を押さえにかかる。まともなところを探すのには時間がかかるのに、んなこと言っていられるか」
レオはそう言うと、地下層へ駆け下りた。
すでに客の呼び込みを始めている気の早い宿屋もある。
レオはその宿屋街に一瞥もくれずにさらに下層に向かう。
「あそこじゃ駄目なの?」
「あそこは混雑するし、人が集まるからトラブルが起こりやすい。客呼びしてるところは値段の割にいい部屋がないし、一月1カリオの部屋がない。よって却下」
相当慣れた様子のレオに感心し、メロウは黙って後を追った。