ボクと私と空中都市
1.猫の街 04「待って!」
足が早く、器用に人をすり抜けていく子供に、少女はやっとの思いで追いついた。
先ほどの階の2層上である。
「はぁ…………はぁ…………ごめんなさい巻き込んでしまって、魔術も……怖かったよね」
「別に。十分にしかえしたし」
頭を下げる少女に、その子供はそっけなく返した。
その間も足を止めることなく、宿屋街を歩いている。
「それならいいんだけど……私メロウ。この通り魔術師。君は……錬金術を学んでるの?」
「錬金士だ」
「錬金士って……まだ子供でしょう?」
「多分君よりは年上だ。それよりどこまでついて来るつもり」
「え、どこまでって……」
メロウは困惑した表情を見せた。
そんな様子には頓着せず、子供は一軒の宿屋に入って行った。
「あ、ちょっと!」
メロウはそれを追う。
子供はそんなことに見向きもない。カウンターをはさんで、店主の親父と話し始めた。
「親父さん、最初に言ってた通り、今日引き上げるわ」
「先払い条件だが、いいんだな?」
「悪かったら急に引き上げたりしないよ。荷物取ってきたら鍵返すよ」
子供はそういうと、ぴょんとカウンターから降りた。台に手をついていた間は爪先が浮いていたのだ。
それを見ていたメロウが口をへの字に結んだ。
「……私より年上って、どう考えても嘘でしょう?」
メロウは小さく呟くと、子供が駆けて行った廊下を覗いた。
「だから、なんでついて来るのさ」
子供はそういうと、フードの下から鬱陶しそうな目線を投げた。
「君が謝る必要はない。用はない」
「用ならあるよ。名前を聞いてないのと、年上っていうのが納得いかない」
「ウザい」
子供はきっぱりとそういい、地上1層の石畳を歩き出した。
地下と違い燦燦と光が降り注ぎ、花崗岩で作られた街はまぶしく輝いている。
メロウは一瞬目を細めて、虚空に浮かぶ空中都市のシルエットを見た。
屋根の色がわかる。あと数日すれば街開きだろう。
「そういえば宿に居たよね。ってことは流れてきた人? 次の街開きで動くの?」
「…………」
「この前のベルワラとの街開きで入ってきたの? それとも、もっと前?」
「…………」
「でも小さい女の子が一人で旅をするのは危ないよ。ナイフ持ってても、それじゃあ安全じゃないでしょう?」
「…………」
「ねえ、なんとか言ってよ」
子供が突然振り返った。
首に鞘入りのナイフが当てられる。先ほどのものだ。
「ボクは男だ。こんなチビでもな」
「え、……で、でも、声が」
「男でも高い声の奴はいる。それに比べれば、ボクのはそれほど高くもない」
あんまりしつこいと、さっきと同じのでそこから吹っ飛ばすよ、と少年は言った。
メロウの後ろにあるのは、街の外縁部の柵だけだ。それを、おそらくはさっきの爆薬らしき液体で一緒に吹っ飛ばすと言っている。
メロウの表情が強張った。
少年はそれを認めると、素早く身を翻して雑踏に紛れてしまった。
メロウが一人、残される。
「…………名前、聞けなかった」
メロウの口から、ぽつりと呟きがこぼれた。