ボクと私と空中都市

1.猫の街 03
花崗岩を削った床を杖で打ち、老爺が横っ飛びに移動した。
そしてすぐそばにいた、大きなフードのついたコートを来た子供の首を――抑えた。
「お主も考え直せ。この子供、痩せておるが可愛い顔をしておるぞ。お主が戻らなければ、今宵はこの子供にでも慰めてもらうかの……」
「…………」
少女が目を眇めた。魔術を発動させる手前で止める。
観客からは「下衆」だの、「くたばれ」だの、老爺への罵声が飛ぶ。
「…………」
子供は、杖をのどに当てられ抑えられた状態で、黙っている。
「メロウよ、お主が戻って来さえすれば、すべて丸く片付くのだぞ?」
「丸く片付くのはあんたが死んだときだけよ……」
少女の目に、ぞっと憎悪が宿る。
少女は魔術の発動モーションまで円盤を持ち上げた。強行するつもりである。
老爺もそれを見て、円盤を手に取った。対抗するか、防御するか、その目には自信があった。

「誰が子供だっての」

子供にしてはどこか低い、機嫌の悪い声。
次いで、ざくりと不穏当な音が微かに響いた。
「がっ…………」
老爺が息をつめ、杖を取り落とす。円盤は持ったままだが、迎え撃つどころではない。
脚から血があふれていた。
子供の手には大ぶりなナイフが、血に塗れてぬらりと輝いている。
「こ……っ…………このガキ…………っ」
老爺が悪態をつくや否や、さらに体をよじった。
円盤を取り落とす。
「く、そ……メロウ、め…………」
低く呻き、少女に憎悪のこもった視線を向ける。
少女は凍てついた視線を老爺に向けたまま、床に円盤を当てていた。
息をのんでいた観客の中から、賞賛の口笛や「やるじゃん」といった呟きが出る。
老爺と観客が脚を刺した子供に気を取られているうちに、少女は床を通じて魔術を打っていた。
ごりっと嫌な音が広場に響く。
老爺の影から脚に、無数の腕が伸びていた。それが万力のごとくに掴み、締め上げている。
このままいけば、残りの余生、老爺の脚は使い物にならないことは想像に難くない。
勝負あったな、と誰かが言い、ジジイの負けだ、と野次が飛ぶ。

そんな中、傲然と立っていた子供がポケットから何かを取り出した。
小さな瓶――いや、栓のされたフラスコ。
何を思ったかそれの栓を抜き、中身をぶちまけた。
つん、と薬品臭がする。
「一遍死ねばいいよ、あんた」
そういうと、素早く飛び離れて、後退した。
何だ何だと観衆が騒ぎ出す中、子供はフードを抑えたまま、くるりと背を向けていた。
「一体あれは――――」

――閃光
次いで肌を襲う、熱。衝撃と爆風。花崗岩の破片。

決して明るくない広場で、それは人々の目を焼いた。
あちらこちらで悲鳴が上がる。
子供は衝撃を背に、広場から駆け出る。
少女はそむけた視界でそれをとらえると、はっと追いかけた。