企画 2012/01/01

華衣 07
「あっ、あっちさ」
「何っ?」
「べにが。あっちさべにがいる!」
「やっぱり裏山か!」
利は花衣を抱き直し、裏山の階段を一気に駆け上った。
子供一人を抱えて坂道を登るのは相当厳しいが、この際仕方ない。諦めた。
確かに、気配がある。それも強い気配が。
――呪力か。
覚えのあるものは夏葵のものだ。もう一つは、例の紅衣か。
一触即発といった空気だ。飛び込むのはさすがに怖い。
この先か、そう思って最後の段を踏んだ時、空気の塊が利を襲った。
「うわっ……」
裏山が微かに震えている。
「べに……」
花衣が不安げな顔で、利の襟をつかむ。
「どんぱちが始まっちまったか……」
早く止めないと。山が反応してしまったら大問題だ。
目の前の空気が重みを増す。身体が沈む。一体どんな戦闘を繰り広げているのか。
この先――あの茂みの向こうか。
花衣が腕から飛び出して茂みを抜けた。
「べにっ、やめてぇ!!」
利が茂みを抜けたのは、花衣の声とほぼ同時。
夏葵の背。その先をかける花衣。その奥に、まだ何かいる。
夏葵は短剣を抜いている。
――ヤバい。
判断が先か、行動が先か。
「――常盤に堅盤に守り幸い給えと恐み恐み申すっ」
夏葵の術は――



弾かれた。
「はぁー……」
今のは怖かった。間一髪。
結界の向こうでは花衣と紅衣がもめている。
「はな、いねっ!!」
「んた!!」
ねえべにやめて、もうやめて、と花衣が紅衣にすがる。押しとどめる。
「……あれがもう一匹の方か」
「一匹はないだろ、匹は」
利はそう言いながら、夏葵が持っている着物を取り上げた。途端に、紅衣の目が利に向けられる。
「……かあさまのだ。かえせ」
「いいよ。ただし質問に答えてくれない?」
「おい、浅井」
利は結界のぎりぎりのラインまで近付いた。
「あっちでまわりを驚かせたのは君だね?」
「それがなんとした」
「何でやったの?」
「あんのばがども、かあさまのころもを『なしてこんたとこさこんたへんなもんある』って、かあさまのころもばがにして!!」
――純粋な子供だなあ。
利は衣を片手にもったまま、しみじみとそう思った。
「……で、どうするんだ」
いつの間にか夏葵がすぐ後ろまで来ていた。
「んー、下に連れて行こうかなって」
「連れてってどうする」
「神殿に。まあ、御神体的に管理しておけば何とかなるかな?って思うよ。組合もそこまでうるさくないだろ――あ、そうだ」
肝心なことを一つ聞いていなかった。
「君たちはいつも――っていうか今まで何処にいたの?」
「おやまのおやしろのとこさ」
花衣が振り返って背後を指す。
「いつから?」
「ずうっとまえ」
「わかったわかった――ほらおいで。紐がほどけてる」
べに、いこう?と花衣が手を引く。紅衣は逡巡している様子だ。
時折、後ろの夏葵を睨めつけている。
「夏葵、嫌われたなあ」
「子供には嫌われることの方が多いな」
憮然としている夏葵を残して、利は二人に歩み寄った。
着せてやる――には大きすぎるので、花衣と同じようにくくって着せかけてやる。
「ねえ、下のお社に行かない?一緒に」
「なして」
「そうすれば、そのお母さんの着物を馬鹿にする人もいなくなると思うんだよね。――まあ、馬鹿にしたときは思い切り驚かせてやっていいからさ」
驚かせていいのかよ、と夏葵が後ろでため息を吐いた。
「驚かせればいいじゃん。神罰覿面。説明も楽」
「神罰じゃないだろうそれ」
お前が罰あたりだ、と夏葵が言ったことは聞き流す。
「どう?行かない?」



「……いく」